「ムーミン」の物語から習う|今をより良く生きるメンタルヘルス
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小説「ムーミン谷の夏まつり」より
『ムーミンの研究がしたくて、気づいたらフィンランドでの生活が30年を過ぎていました。』と朗らかに話される森下圭子さんは、現在ヘルシンキ在住。ムーミン公式サイトの「月刊 森下圭子のフィンランドムーミン便り」など、ムーミンに関する数々の執筆をされているムーミンのスペシャリストです。
『ムーミンの世界に見られる自然との関わり方は、今もフィンランドの人たちの暮らしや精神に根付いています。ムーミンの物語でもたびたび描かれる”五感を使った自然との触れ合い方”を知っていると、自分の中に「いつでも逃げられる居場所」をつくる時の手掛かりになるんですよ。』
森下さんからそんな素敵なお話を聞き、今回、ムーミンたちの自然との関わり方や、フィンランドで取り入れられている「今をより良く生きるための習慣」についてのスペシャルコラムを書いていただきました。
目次
「ムーミン」の物語と五感を使った自然との触れあい方
小説「たのしいムーミン一家」より
「ムーミン」の物語は今から80年前、1945年に一冊の本としてこの世に出ました。シリーズの一作目となる『小さなトロールと大きな洪水』は、のちに続く数々のムーミン物語の舞台になったムーミン谷に辿り着くところで話が終わります。どの木も花と実で覆われていて、ちょっと木を揺するだけで実が落ちてくる地の先にありました。ムーミン一家がその日見たどんなところよりも美しい谷だったといいます。
香りから自然の変化を感じる
小説「ムーミン谷の夏まつり」より
大自然と共に生きるムーミンの物語を読んでいると、くんくんと匂いをかいでいる場面が多いことに気づきます。季節の訪れを感じたり、自然の異変が匂いを通して伝わってきたりするのです。森、草花、海など、そして実際にフィンランドで暮らしていると、街を歩いていてふとライラックやジャスミンの香りに歩く足を止めたり、匂いにつられて花を探したりするのです。
自然が身近な暮らし方
実は自然が身近な暮らしはフィンランドで多くの人たちが大切にしていること。街歩きだけでなく、森の中を歩き、庭や森に実る恵みは長い冬のために蓄えておきます。大自然の中にぽつんと建つ質素なサマーハウスで休暇を過ごすことは一般的と言っていいほど、フィンランドの人たちには欠かせない余暇の過ごし方なのです。
ムーミンたちがくんくんと匂いをかいでいるものだけでなく、物語に描かれている木の根や苔の感触など、そこにある自然は読んでいるだけでも五感をともなって伝わってくる世界だったりします。
「ムーミン」の物語に描かれる庭
植物を愛するムーミンママ
小説「ムーミン谷の彗星」より
さて話をムーミンに戻しましょう。ムーミン谷は自然が豊かですが、ムーミンやしきにはムーミンママがつくった庭があります。その庭の様子は挿絵として何度も出てきますが、特に印象的なのはバラ。ムーミンパパが新天地を求めて一家で海に出た時も、ムーミンママはバラを植えた土の箱をわずかな引越し荷物の中に入れていたのです。
小説「ムーミンパパ海へいく」より
新天地は岩肌ばかりが目立つ灯台の島。荒々しい海の中にぽつんとあります。ムーミン谷の庭で育ったバラは、肥えた土が必要なのにそれがない。ムーミンママは自分でつくれないか考えたりもしますが、自分のバラを育てることは叶いませんでした。
ある晩、ムーミンママは夢の中で緑あふれる夏の島を見てしまい、目覚めと同時に悲しくなってしまいます。もともと少し憂鬱だったムーミンママ。ふと思い立ったのは、壁に絵を描くことでした。まず大きな花を描き、バラ、キンセンカ、パンジー、芍薬と次々描いていきます。
小説「ムーミンパパ海へいく」より
ムーミンママの描く絵は、次第にムーミン谷に似ていきます。そして元の家に帰りたいと考えた時、ママはそっと壁の絵の中に入っていったのでした。りんごの木を抱いて目をつむると、木肌のざらざらや温もりを感じます。そこは自分の庭。絵の中で、ムーミンママはやっと自分の庭に帰れたのです。高く生い茂る草の中に座っていると、川の向こうからかっこうの声が聞こえてきます。やがてりんごの木に寄りかかってぐっすりと眠るのでした。夢から、そして絵から出てきたムーミンママは考えていることをはっきり言えたり、自分を取り戻したようでした。
安心できる自分だけの居場所をつくっておく
ムーミンママが自分を取り戻していくために辿った経験は、どこかフィンランドで実践されている「自分の中に安心できる安全な場所を持っておこう」を思わせます。人々の日常は、時に思ってもみなかったことが起きたりします。また原因がよくわからないけれど、心がざわつくことだってあります。そんな時に、自分の中にぱっとイメージできる安心できる安全な場所があるといいというのです。
イメージの練習
小説「たのしいムーミン一家」より
自分の安全が絶対に脅かされることのない場所、心が落ち着く場所をイメージします。そしてそのイメージした場所に自分がいる時の音や匂い、光、風など、五感を働かせながらイメージを具体的に感じていくのです。頭に描くだけでなく、木肌のざらざらした感じや温もりのような、具体的な感覚を自分の中で感じていきます。
イメージの中でより大きな安全が感じられるか、その匂いによって安全が高まるか、その場所に繋がる味覚、体に感じられる温度、皮膚感覚、特に足の裏や指先、顔や肌のさまざまな部分でどう感じるかまで、丁寧に「安心安全」に結びつくイメージを自分の中で確認していきます。
ストレスを感じたり眠れないときには
こうしたイメージの練習を最初は一日数回、自分の場所で体も心もリラックスした状態に入りやすくなったら、日々の練習の回数を徐々に減らしても大丈夫。不安や心配またはストレス、恐怖や安全が脅かされていると感じたら、あるいは寝つきが悪いなどの際に、そこを避難の場所にしましょうというのです。
小説「たのしいムーミン一家」より
ムーミンの物語を読んでいると自然の描写が丁寧なので、足の裏の感触や手に触れる草花の感触や匂いを通して自分がムーミン谷にいるような心地になることがあります。そこから自分の場所を想像することもいいですが、自分の身近なところにある草花や自然に目を向けて、自分だけの居場所のイメージをつくってみてはどうでしょうか。
森下圭子
ムーミン研究のため1994年秋にフィンランドへ。翻訳や執筆、コーディネートなどの仕事の傍ら、現在も研究を続ける。著書に『フィンランドのおじさんになる方法』、訳書に『ムーミンとトーベ・ヤンソン』(監訳)など。映画『かもめ食堂』ではアソシエイト・プロデューサーを務める。フィンランドの首都ヘルシンキ在住。
※記事中の画像/引用文出典元
『ムーミン全集[新版]1 ムーミン谷の彗星』著:トーベ・ヤンソン 訳:下村隆一 講談社
『ムーミン全集[新版]2 たのしいムーミン一家』著:トーベ・ヤンソン 訳:山室 静 講談社
『ムーミン全集[新版]4 ムーミン谷の夏まつり』著:トーベ・ヤンソン 訳:下村隆一 講談社
『ムーミン全集[新版]7 ムーミンパパ海へいく』著:トーベ・ヤンソン 訳:小野寺 百合子 講談社
『ムーミン全集[新版]9 小さなトロールと大きな洪水』著:トーベ・ヤンソン 訳:冨原 眞弓 講談社
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森下圭子さん、ありがとうございました。
ムーミンの小説は80年前に出版されましたが、その物語の中には、現代社会でも変わらずに大切にしていきたいことがたくさん描かれていることに深く共感しているLOVEGREEN編集部です。
五感を使って自然と触れあうことは、イメージするだけでも本当に心が穏やかになりますね。フィンランの暮らしではふつうに取り入れられている「自分の中に、安心できる自分だけの居場所をつくっておくこと」も、とても素敵な習慣だと思いました。心の健康のためにもさっそくやってみたいです。