西洋庭園の歴史 前編 〜古代の地球観とルネッサンスのヴィラ〜|二宮孝嗣の「庭・植物よもやま話」④
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Photo by 二宮孝嗣 北イタリア
世界のフラワーショーで数々の受賞歴をもつガーデンデザイナー、二宮孝嗣さんのコラム連載。「庭」にフォーカスした「庭・植物よもやま話」の第4回目は、「西洋庭園の歴史(前編)」をお届けします。古代の地球観が生んだ整形式庭園の原点、森林伐採と文明の関わり、ギリシャ・ローマの緑の広場、そしてイタリア・ルネッサンスを彩るヴィラ庭園。時代とともに紡がれてきた西洋庭園のルーツをたどります。
目次
- 古代の世界観と整形式庭園(Formal Garden)の誕生
- 森の喪失と四大文明の滅亡
- ギリシャ・ローマ時代と緑の広場
- 十字軍の遠征と文化の流入による庭園の変化
- イタリア・ルネッサンスと美しい「ヴィラ」の庭園
- ヨーロッパ庭園史の変遷と次回以降の予告
古代の世界観と整形式庭園(Formal Garden)の誕生

Photo by 二宮孝嗣 北イタリア スイスアルプスを望む
前回書いたように、その頃の地球観は平らな地球平面説が信じられており、平らで円形の形をしていて、海は遠くで滝になって落ちていました。そして、中世にいたるまで、もちろんコペルニクスが出現するまでは、地球を中心に宇宙が回っていたのです。
その昔の世界観は「長方形の地球の中心から、生命の源である水が湧き出て四方に広がり世界を潤す」という形で表現され、旧約聖書でも、花が咲き乱れるエデンの園から一本の川が流れ出し、四方を潤すと書かれています。その地球観を形にしたものが現在へも連綿と引き継がれている整形式庭園(Formal Garden)です。
森の喪失と四大文明の滅亡
燃料としての森林伐採
その後、四大文明は滅び、富と文化の中心はギリシャへと受け継がれていきます。四大文明が滅びた一番の理由は、周りの森を切り尽くしてしまったからです。当時、燃料には木材を使っていましたが、日本のように切った後に苗木を植えることをしなかったので、周りの木を切り尽くしてしまい、人口を支えきれなくて滅びたと言われています。
世界の森林伐採の歴史と日本の植林文化
世界中を見渡しても、日本のように古くから植林をする文化を持った民族は珍しく、世界中の森は切られて、切られて、現在に至っています。
特にひどかったのはニュージーランドで、元々シダから進化したゆっくり生長する古いタイプの針葉樹の深い森があったのですが、ほぼ全ての木が切られ、その良質な材木がイギリスの大航海時代の船の材料になったと言われています。今では大きな木は数本しか残っていません。

Photo by 二宮孝嗣 ニュージーランド 神の宿るカウリの木(針葉樹)
写真は、ニュージーランドに残っている数本のうちの1本です。切られそうだったのに、先住民の人が「神様の木だから残してくれ」と頼んで残った木で、高さ50mにもなります。今まで僕が見た木の中で一番大きな木です。
しかし近年では、日本の植林技術を学んで生育の早いアメリカの黒松を植え、その材は日本をはじめ世界中に輸出されています。
ギリシャ・ローマ時代と緑の広場

Photo by 二宮孝嗣 ローマ郊外のギリシャ式庭園と言われる遺跡
四大文明が滅びた後、世界の文化と富の中心はギリシャに移っていきます。紀元前8世紀頃からギリシャ各地で都市国家が誕生し、その後、紀元前4世紀頃マケドニアのアレクサンドロス大王によってギリシャは統一されます。その街中に皆が集まる拠り所として「緑が植えられた広場」が作られたと言われていますが、現在は定かではありません。
そして、紀元前1世紀頃からローマ帝国がヨーロッパ南部から西アジア、アフリカの地中海沿岸部を支配しました。イギリス南部も43年から410年までローマ帝国によって支配され、今でもイギリス南部にはその当時の村が残っているところもあります。
十字軍の遠征と文化の流入による庭園の変化

Photo by 二宮孝嗣 噴水で有名なチボリ公園
庭の歴史の話に戻りますと、ローマ国家は15世紀半ばまで長く続きますが、その間11〜13世紀の十字軍の遠征などにより色々な文化、植物などが西アジアからヨーロッパに紹介されました。特に植物や香辛料、また中国からシルクロードを渡って絹織物や工芸品などが持ち込まれました。庭に関しては正確な記録はないようですが、フォーマルガーデンの流れを汲む左右対称の庭がイタリア各地で作られるようになりました。
イタリア・ルネッサンスと美しい「ヴィラ」の庭園

Photo by 二宮孝嗣 チボリ公園の様々な噴水
14世紀から、フィレンツェのメディチ家を中心にイタリア・ルネッサンスが始まります。イタリアは平坦な土地は少なく、また夏の暑さ、特に様々な病気を運んでくる蚊から逃れるために、当時の人々は北部の湖水地方などに避暑しました。湖の周りに「ヴィラ」と呼ばれる別荘を数多く造り、今でもそのうちのいくつかを見ることができます。

Photo by 二宮孝嗣 チボリ公園のモザイクタイル
その多くは南斜面にその地形を利用した段々のテラスガーデンや、イタリア人の一大発明である噴水を配置した庭でした。また、モザイクやタイル、大理石の彫刻などを配した美しい庭園を今も見ることができます。
個人的な感想ですが、北イタリア湖水地方に残っている幾つものヴィラは、Garden Loversとしては必ず見に行かなくてはと思います。ついでにちょっと足を伸ばして、石灰岩のドロミテ岩峰群を訪ねるのもおすすめです。

Photo by 二宮孝嗣 ドロミテ

Photo by 二宮孝嗣 ドロミテと神秘的な湖
ヨーロッパ庭園史の変遷と次回以降の予告
今回はヨーロッパの庭の歴史「前編」を書いてみました。
ヨーロッパに現存する最古の庭はスペインの「アルハンブラ宮殿」、その次に古いのはイタリアの「ヴィラ ガーデン」だと言われています。この後、富の中心がフランス王朝へと流れていき、ベルサイユ宮殿へと左右対称のフォーマルガーデンは引き継がれていきます。
次回は庭園史の「後編」をお届けします。近代庭園への変遷をたどり、西洋庭園史を完結させます。
次々回は歴史から離れて、僕が最近特に感じている緑の力が地球温暖化にブレーキをかけ始めているのではないか?という話をしたいと思います。
▼二宮孝嗣さんのインタビュー記事はこちら

二宮孝嗣(にのみや・こうじ)
ガーデンデザイナー、樹木医。
静岡大学農学部園芸学科卒、千葉大学園芸学部大学院修了。
1975年からドイツ、イギリス、ベルギー、オランダ、イラク(バグダッド)と海外各地で活躍の後、1982年に長野県飯田市にてセイセイナーセリーを開業。宿根草、山野草、盆栽を栽培する傍ら、飯田市立緑ヶ丘中学校外構、平谷村平谷小学校ビオトープガーデン、世界各地で庭園をデザインする活動を続ける。
1995年には世界三大フラワーショーのひとつ、イギリスのチェルシーフラワーショーで日本人初となるゴールドメダルを受賞した。さらに、オーストラリアのメルボルンフラワーショー、ニュージーランドのエラズリーフラワーショーと、世界三大フラワーショーのゴールドメダルをすべて受賞、世界初となる三冠を達成した。ほかにも世界各地のフラワーショーに参加、独自の世界観での庭園デザインで世界の人々を魅了し、数々の受賞歴をもつ。
樹木医七期会会長、一級造園施工管理技士、過去に恵泉女学園、岐阜県立国際園芸アカデミー非常勤講師。各地での講演や植栽・ガーデニングのセミナーなども多数。著書『美しい花言葉・花図鑑-彩りと物語を楽しむ』(ナツメ社)はロングセラーとなっている。










































