奇跡のドリンク「アヤワスカ」に欠かせない植物「チャクルーナ」|山下智道の世界の文化と植物紀行#5
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シャーマニズムが根強く残る土地や人と、そこで用いられる植物との関係を探求するシャーマンハーブジャーナリスト/野草研究家の山下智道さんが、世界を旅する中で出会ったと文化や風習と植物の関係について紹介いただく本連載。人・土地・植物の知られざるつながりを覗いてみませんか?
この世とあの世を行き来するお茶「アヤワスカ」に使われる植物
アヤワスカとういう、死後の世界のこの世を行き来できる幻覚作用のあるお茶が、まさか調合されたブレンドティーだとは思っていたかった。
私はアマゾンに自生する、キントラノオ科のバニステリオプシス・カーピのつるだけをシングルでお茶にして頂くのだと思っていた。
アマゾン北西部で伝統的に用いられている幻覚作用のあるお茶「アヤワスカ」
しかし、シャーマンのリンドルフィスは、あの世行きのチケットをつくるために、朝の5時に起き、目をこすりながらアマゾンのジャングルに入り、よくありそうな、なんでもない低木に向かって脇目も振らず向かっていく。まるで、獲物を捕らえる前の黒豹のように。すっと、そわっと存在感を消して。
いつも温厚なリンドルフィスだが、話しかけづらいオーラを放っている。私にはさっぱり分からないが、彼にしか分からない、タイミングや個体があるのかもしれない。その低木とコミュニケーションをするかのように、なにがブツブツと呟きながら綺麗な状態の葉を摘み取り、ビニール袋に入れていく。リンドルフィスの表情がいつものにこやかな面持ちに戻ったタイミングを狙い、これは何に使うのかと訪ねたら、リンドルフィスは真っ直ぐ私を見て、『アヤワスカ』と答えた。
そして、この植物はチャクルーナといい、アヤワスカに必須の植物だと教えてくれた。バニステリオプシス・カーピだけだと、持続性が少なかったりして、アヤワスカの役目を果たしてくれないらしい。
コーヒーの木の葉に似た常緑低木
チャクルーナはケチュア語で、(chacruna, chacrona)。chaqruyは混ぜるという意味を示す。植物としては、アカネ科ボチョウジ属の常緑低木。葉はコーヒーの木に似て、革質で縁は滑らかで切れ込みがない。
花は茎の先端に集散花序か円錐花序の形で付き、個々の花は非常に地味で小さい。萼は短い筒を作り、先端は5つの歯になるが、この歯は早くに脱落する。花冠の基部は花筒を作り、この部分は真っ直ぐで先端は5つに裂けるが、これは希に4ないし6裂の例がある。
チャクルーナを煮出してアヤワスカにブレンドする
チャクルーナは紀元前からアヤワスカをつくる際に、必ず使われ、バニステリオプシス・カーピと共に、ブレンドされてきたようだ。また学名のサイコトリア・ヴィリディスは「サイケデリクス」ーーすなわち、意識や感覚に大きな変化をもたらすことから由来している。
チャクルーナの葉を、鍋にとぐろを巻く大蛇のようなバニステリオプシス・カーピに覆い被せる、大体30〜50 枚ぐらいだろうか。かなりの量である。チャクルーナの葉を生でかじってみたが、えぐみがあったり、苦みがあるわけでもなく、グリンティーのような可もなく不可もなくの味わいである。まさにツバキ科のチャノキの新芽のような味わいだろうか。チャクルーナの主な主成分はβ-カルボリンに属すアルカロイド、ハルマリン (Harmaline)、DMT(ジメチル. トリプタミン)である。
幻覚作用や抗うつ作用があるハルマリン
ハルマリンは、古来から魔女やシャーマンたちが用いてきた、インドールアルカロイドである。幻覚作用や抗うつ作用を示すユニークな化合物であり、さまざまな生物によって合成されている。1847年にハマビシ科のペガヌム・ハルマラ (Peganum harmala)の種子から初めて単離された。そのため、ハルマリンもここから由来しているのだ。
このハルマリン(C13H14N2O)はインドール基をつけた、幻覚発動性インドールアルカロイドである。性質としても、脂溶性でファーストメッセンジャーとして作用する。神経間隙ナップスでおきる、体内でのDMTの分解を抑制し、いわゆるモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)として作用するのである。β-カルボリンの構造はトリプタミンの構造と類似しており、トリプタミンのエチルアミン側鎖が一炭素介してインドール環に再び結合し三環式の構造となっている。なので、必須アミノ酸由来のトリプトファンから生合成された、リプタミン類から同様の経路で生合成されると考えられているのだ。
モノアミン酸化酵素阻害薬とは
一般的に抗うつ薬や抗パーキンソン病薬として用いられる。モノアミン酸化酵素の働きを阻害することによって、脳内の主なモノアミン神経伝達物質であるドーパミンやセロトニン、アドレナリンのような物質を分解されないようにする薬剤の総称である。チャクルーナのハルマリンはカーピのジメチルトリプタミンを分解しされないように機能すると考えられる。 MAO阻害薬とも呼ばれる。
モノアミン類は以下のような多くを含む
セロトニン、ドーパミンなど神経伝達物質や、ホルモンのメラトニン、シロシビン、ジメチルトリプタミン (DMT)、メスカリンといった多くの幻覚剤である。通常人体ではモノアミン酸化酵素が、これらモノアミン類を分解している。
つまり、あのパラレルワールドを世界を持続させるために、バニステリオプシス・カーピに何者かのアイディアで、チャクルーナがブレンドされ、一心同体であの奇跡のドリンク「アヤワスカ」がつくられたのだ。バニステリオプシス・カーピやチャクルーナが共にシングルでお茶にしても、あのパラレルワールドは現れない。4万種を超える、アマゾンの植物からのこ2種がどのように選ばれたのか、非常に気になる。
アマゾンの選ばれし人間シャーマンたちは、ある日突然臨死体験を経験し、植物とコミュニケーションをとったり、植物の妖精と交わったりと、さまざまなビジョンが見え、そこでは植物同士が手を繋ぎ、それがブレンドとしてお茶になるパターンが多いと聞いた。アヤワスカはきっと、そのようなビジョンで生まれた奇跡のドリンクなのだろう。