天然のバイアグラ?「イカリソウ」|山下智道の日本の暮らしと身近な野草④

山下智道
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野草研究家の山下智道さんに、日本で脈々と受け継がれてきた野草の使い方を連載形式で紹介いただきます。身近に見かける野草を、改めて見直してみませんか?
山下智道の日本の暮らしと身近な野草④
天然のバイアグラ?『イカリソウ』
身体がダルい時、疲労感がある時誰しもが一度はお世話になっている滋養強壮ドリンク。薬局やコンビニエンスストアなどで気軽に買えるが、そこに含まれている植物の実態に関しては意外と知られていないし、知ろうとも思わなかったにちがいない。
滋養強壮ドリンクには、どういった植物が使われ、なぜその植物がセレクトされているのかを探ってみることにしよう。
ざっと洗い出してみると、オタネニンジン、イカリソウ、トウキ、オウギ、ジオウ、ゴミシ、タイソウ、エゾウコギ、サンシュユ、クコシ、ニッケイ、トチュウ等が出てきた。この中でも、さまざまな滋養強壮ドリンクのパッケージの裏の記載で常連なのがイカリソウである。
イカリソウはどういう植物?
イカリソウは、メギ科イカリソウ属の植物で、主に中国大陸、インド、日本、朝鮮半島、ロシア極東部、南ヨーロッパ、北アフリカに分布し、約60種が知られる。日本には7種が自生しており、和名の由来はユニークな花の形がからきている。花の形が和船の錨(いかり)に似ていることから、漢字で「錨草」と書く。 茎の先が3本の葉柄に分かれ、それぞれに3枚の小葉がつくため、三枝九葉草の別名もある。
花の形が船の錨(いかり)に似ていることが和名の由来
植物にも源氏名がある
栄養ドリンクの記載表記では、「イカリソウ」ではなく「淫羊藿(インヨウカク)」と記載されている場合がある、これは薬用植物が持つもう一つの名前「生薬名」としてイカリソウをインヨウカクとして呼ぶためである。水商売の源氏名のように、ジャンルが変わると植物たちも名称や呼び名が変わるのである。
生薬名とは、その植物を生薬(しょうやく)として利用する時の名称である。例えば下記のような生薬名がある。
タンポポ→「蒲公英(ほこうえい)」
ヨモギ→「艾葉(がいよう)」
ドクダミ→「十薬(ジュウヤク)
そもそも生薬とは何か?
生薬とは、動物、植物、鉱物、菌類をはじめとした「天然に存在する薬効を有する産物」から、薬効成分を精製することなく用いる薬の総称である。ハーブやスパイス等との大きな違いは、生薬では植物以外に動物や鉱物や菌類も使用する事である。
古来、日本では薬草などの調剤される前の”くすり”の原料のことを「生薬(きぐすり)」と呼んでいた。
現在のように「生薬(しょうやく)」という言葉が使われるようになったのは、明治1880年に日本の薬学者である大井玄洞が、ドイツ語で「薬品学」を意味する“Pharmakognosie”に、日本古来の「生薬(きぐすり)」の漢字をあてて「生薬学(しょうやくがく)」という訳語を、新たにつけたことが最初であるとされる。
淫羊藿の名前に潜む効能
話は戻るが、淫羊藿(インヨウカク)=イカリソウがなぜ、多くの栄養ドリンクに使用されているのだろうか?イカリソウの生薬名を見ると、非常に面白い漢字が組み合わされている。「淫と羊」。これはきっと面白いエピソードが隠れているにちがいないと思い、早速調べてみた。
古来より、中国の四川省北部ではたくさんの羊が放牧され、そこの雄羊は1日に百回も交尾するといわれていた。
なぜそんなに精力的なのか?疑問に思った村人が調べたところ、その地方にはイカリソウという草がたくさん生えており、その草を羊が食べることで精力絶倫になったと考えられていた。中国の明時代の薬学書「本草綱目」には、雄の羊がイカリソウを食すと、1日に百回交配するという逸話が記されている。いかにも中国らしいというか、なんとなく想像できるので書きながらニヤニヤしてしまった。
また、中国では「放杖草」という別名もあり、これは「杖をついている老人も、これを食せば杖を放り出すほど元気になる」という逸話から由来している。このように「本当かよ?」と思うようなエピソードが、イカリソウにはいくつもあるが、いずれにしても、古来よりイカリソウは、滋養強壮薬として重宝されてきたことは間違いないようだ。
私は幼い時から山野草が大好きで、その中でもイカリソウは一度見たら忘れられない程、個性的でインパクトがであった。あっという間にイカリソウのファンになり、イカリソウのコレクターにもなった。イカリソウだけのために旅をしたりと、私にとって非常に興味深い植物のひとつである。
今もなお、仕事で日本中を駆け回ると、野山を分け入ってさまざまな地域のイカリソウをサンプリングして大切に育てている。常緑タイプのトキワイカリソウにイカリソウ界アイドルのバイカイカリソウ、日本海側に分布するキバナイカリソウ、そしてノーマルなイカリソウ等が我が家にはある。栽培は容易で、毎年春に愛らしく、力強い花を咲かせてくれる。
イカリソウ界アイドルのバイカイカリソウ(写真提供/山下智道)
日本海側に分布するキバナイカリソウ
その他にも日本には、バイカイカリソウとイカリソウの雑種起源と推定さるヒメイカリソウや、熊本県に分布するヒゴイカリソウ、蛇紋岩石の山に特産する珍しいクモイカリソウ等、地域によってさまざまな品種が自生している。
生薬の淫羊霍として用いられるイカリソウは?
たくさんの種類があるイカリソウだが、生薬の淫羊霍として用いられるイカリソウはどれでも良いわけではない。
日本薬局方で指すイカリソウは中国原産のホザキイカリソウ(Epimedium sagittatum (Siebold et Zucc.) Maxim.)である。日本でよく見るイカリソウよりかなり小さな花で、穂咲き状に小さな花をつけてとても愛らしい。中国の浙江、安徽、江西、湖北、四川、福建、広東、広西、台湾に分布する多年草で、日本では天保年間に渡来し、薬用として栽培されている。
薬用として用いられるホザキイカリソウ(写真提供/山下智道)
茎、葉に含まれる「イカリイン」は、フラボノイドの一種であり、フラボノイド配糖体に分類され、水溶性の要素が強いフラボノイド。作用としては、インポテンツ、強壮、強精作用があり、生殖機能の低下などに用いる。また副作用としては神経興奮、震え、不安、心拍数の増加、動悸、血圧上昇、吐き気などがある。 古来からイカリソウを浸けた薬酒が民間薬としてかなり重宝されてきた。
現代社会においてもホザキイカリソウは栄養ドリンク意外でもなくてはならない薬草のひとつではないだろうか。
イカリソウ属の学名は「Epimedium grandiflorum var. thunbergianum」である。属名の「Epimedium」はギリシャ語の”epi(上に)”+”media(ギリシャの地名)”の意味し、「epimedion」から出た名である。種名の「grandiflorum」は「大きい花の」、小名の「thunbergianum 」は、「スウェーデンの植物学者、医学者のツンベルク博士」にちなんだ名前を意味している。 |
野草研究家 山下智道
生薬・漢方愛好家の祖父の影響や登山家の父の影響により、幼少から植物に親しみ、卓越した植物の知識を身につける。現在では植物に関する広範囲で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会、ワークショップ、薬草ガーデンのプロデュース、ハーブやスパイスを使用したブランディング等、その活動は多岐にわたる。TV出演・著書・雑誌掲載等多数。
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