庭や植物はなぜ人を癒すのか?|千葉大学 岩崎寛教授に聞く
更新
公開

私たちはよく「植物の癒し」という言葉を使います。ではその「癒し」の正体とは何なのでしょうか。情報過多で脳が休みなく働くデジタル社会の今、人は、庭や植物とどのように接することで「癒し」をより多く感じることができるのでしょうか。
長年にわたり、植物が人の心身に与える影響を研究している千葉大学大学院園芸学研究院の岩崎寛教授に、人が庭や植物から受ける恩恵のメカニズムについてお聞きしました。
なぜ植物に触れると人は癒されるのか
ーー岩崎先生は長年、「植物と関わることが人の心身に与える効果」について、さまざまな実証を行い数値として明らかにされてきました。
私の研究の出発点は「森林浴」でしたが、日常的に森林に行くのは難しいですよね。そこで身近な公園での「公園浴」を提唱して研究したところ、木々などの自然を見る「視覚」によるリフレッシュ効果が実証されました。さらに、公園に植えてある植物がハーブなら「香り(嗅覚)」の刺激が加わることで、さらにリラックス効果やストレス軽減効果が高まることがわかりました。
ーー自然や植物は「見る」だけでなく、五感で感じたほうがいいのですね。
中でも一番ダイレクトに心身に効果があるのが、土や植物に直接触る「触覚」です。これも実験したのですが、本物の葉を触った時と、そっくりのフェイクグリーンに触った時では身体の反応が違って、本物の葉に触った時だけ血流が良くなる反応が得られました。
ーー私たちの身体は、自然物に触れると安心するようにできていると。
あとは、植物が生長する変化を感じることも大切です。森林や公園だと、植物が日々どう生長しているかがわかりづらいですよね。その点、園芸は五感すべてで自然や植物を感じることができます。土や植物といった自然物に直接触り、自分が育てている植物の生長に一喜一憂したり、開花の期待や喜び、収穫体験などが重なっていく。園芸は「植物による癒し」を最大化してくれるんです。

ーー「植物による癒し」とは、具体的にどのような状態のことでしょう?
「癒し」とは単なる気分の問題ではなく、心と体のストレスが緩和された状態を指します。
生理的にはストレスホルモンが軽減することが実証されています。
感情面では、抑うつ、緊張、不安、落ち込み、怒り、敵意、疲労など、ネガティブな感情が軽減して、活気や集中力などポジティブな感情がアップするというデータが実証されています。
重要なのは「植物自体が癒しをくれる」のではなく、「植物や自然に接する行為が癒しにつながる」ということです。
「きれいな庭」より「使っている庭」が心を整える

ーーお庭の取材をしていると、庭にいる間は作業に没頭して雑念がなくなるというお話をよく聞きます。
それは庭を上手に使っている証拠ですね。私が常々思うのは「きれいな庭」より「よく使っている庭」のほうが評価されるようになればいいなということです。
ーー「よく使っている庭」とは?
観賞するだけの庭ではなく、暮らしと密接につながっている庭です。
今の庭は「お客さんにきれいに見せたい」「SNSにおしゃれな庭をアップしたい」など、美しく維持することが目的になりがちですよね。それを楽しめる人はいいのですが、「庭をきれいにしなきゃ」とプレッシャーに感じてしまうと本末転倒です。
ーー「庭はきれいじゃないと」という幻想に縛られている面は確かに感じます。
自分の健康や心身のために庭を活用するのであれば、庭で植物を育てる・野菜を収穫して食べる・摘んだハーブをお茶にする・草花でクラフトを楽しむなど、暮らしのなかで「よく使う庭」のほうが、癒し効果が最大化します。見た目の美しさは、庭がもつ多様な機能の一面でしかないと思うので。
庭のほめ言葉が「きれいな庭ですね」から「よく使っている庭ですね」になれば、庭がもっとウェルビーイングにつながっていくと思います。
ーーうちでは、息子が庭の畑にいるミミズを掘り起こして釣りの餌に使ったりしています。
それも庭の使い方のひとつですよね。
お子さんが土を触って土だらけになるのを「汚れるからだめ」と言っていてはもったいない。そうやって土に触れた五感の記憶は、子どもの情緒を育む上でもかけがえのない財産になります。もっと庭を多面的に使うことで、恩恵を得られることがたくさんあります。
デジタル社会で「植物とのひと時」が与えてくれるもの

ーーAIなどが急速に進化して便利になる一方、なぜか疲れている人が増えている気がします。
まず前提として、地球上の生物はすべて、太陽周期で生きているんですね。太陽が昇ると起きて、太陽が沈むと寝る。夜行性の生物にしても、太陽の動きにあわせて生きています。それは人間も同じです。
ところがデジタル社会になって、寝る直前までスマホの情報や光を浴び続けているので、脳が刺激を受けて興奮状態が途切れない。交感神経と副交感神経がうまく切り替えできずに、脳が常にフル回転しているわけです。それは当然疲れますよね。
ーー植物とかかわることで自律神経は整いますか?
現代では日が沈んだら寝るというのは現実的には無理ですし、スマホを完全に手放すことも難しい。でも庭で作業をしたり、植物と接することで、強制的にスマホから離れて、目の前のことに没頭する時間がつくれます。
さらに植物を見たり触れたりすることは、これまでお伝えしてきたように、生理的にも心理的にも良い効果があるので、副交感神経が優位になり、安らぎやリラックスした気分を得やすくなります。
逆に緑いっぱいの公園にいても、スマホの画面とにらめっこしていては、癒しの効果は得られません。
ーー家に庭がない人も多いです。庭がなくても植物の癒し効果は得られますか?
もちろんです。ベランダで1鉢の植物を育てるのでも、部屋で観葉植物を育てるのでも大丈夫です。庭があるかないかは本質ではなく、植物に関わる時間を持つことで、自律神経の切り替えができることのほうが重要です。
癒しだけでなく運動効果も。園芸は意外と筋力を使う

ーー園芸作業は気分の改善だけでなく、運動効果も期待できますか?
実際に園芸作業でどれぐらいの筋肉を使っているのかを調べてみたことがあります。
移植ごてでの土の耕しや、苗の穴掘り、植え付けや、じょうろでの水やりなど、一連の園芸作業で使う筋肉を調べてみたところ、前腕の筋肉の各部位で最大筋力の20〜50%を使っていることが分かりました。
これだけの運動量がありながら、作業後の印象は「疲れた」よりも「楽しい」「期待できる」が多い結果でした。楽しみながら体を動かせる点も庭しごとや園芸の魅力です。
「コミュニケーションツール」としての庭

ーー先生は今、庭を地域コミュニケーションに役立てる研究もされているそうですね。
「リタイヤ後の居場所づくりを緑で」をテーマに研究をしています。
よく聞く話だと思いますが、定年退職すると会社というコミュニティを失って孤立してしまう人が多いんですね。なので、40代や50代のうちから、地域とのつながりを強めておくことが大切だなあとしみじみ感じています。リタイヤしていきなり地域に溶け込もうとしても難しいと思うので。
ーー確かに不安になりますね笑。急に近所の人とつながらなきゃ!とかなると。
そこで庭が活躍するわけです。
植物って不思議なもので「うちで採れた野菜です」なら、相手もすんなり受け取りやすいんです。そこから庭の話が広がったり、庭を起点に交流が生まれたりするかもしれません。
ーー確かに「お土産で買ってきたのでどうぞ」だと大げさで、相手にも負担になりそうですね。
気軽にご近所さんに声掛けができる社会的健康の媒介ツールとしても、「庭」や「植物」を活用してもらえればと思います。
子どもたちが将来「植物の記憶」に帰ってこられるようにーー

ーーこれからを生きる子どもたちにとって、庭はどういう意味を持つでしょう?
高齢者施設に入所している方への園芸療法の一つとして「回想法」というのがります。昔の思い出を語ったり、それを他者と共有することで心理的な安定や認知機能の維持を図るという手法です。植物って実は、昔の記憶とすごく結びつきやすい。「この花、昔うちの庭に咲いてた」「小学校の校庭でよく見た花だ」など、植物が回想を促す効果は大きいんです。
今の子どもたちは、植物や自然に触れる機会が圧倒的に減っています。家の庭やベランダ、室内でもいいので、植物と接する時間、その記憶を持ってほしいなと思います。数十年後どんな社会になっているかわかりませんが、自然に触れた記憶は必ず、「あの頃に戻る」鍵として役立つはずですから。
ーー今日はありがとうございました。庭の見方がかなり違ってきました。
「満開できれいなガーデニング」はもちろん素晴らしいですが、それは沢山ある庭の魅力の一面でしかありません。庭は単に観賞したり、駐車したりするだけの場所ではなく、デジタル社会を生きる人の心身と人間関係を支える生活インフラになれるはずです。
多くの人が、庭や植物と多様にかかわることで、生活の質を向上していただければと思います。
岩崎 寛
千葉大学大学院園芸学研究院教授

人と植物とのより良い関係について、緑地や植物からの視点だけでなく、医学、看護学、工学、心理学など様々な視点から研究を進めている。園芸療法やアロマセラピー、ガーデンセラピー、森林療法など「緑の療法的効果」に関する研究と、それらを実践する場である病院など「医療福祉機関における緑のあり方」、地域住民の健康に寄与する「緑による地域ケア」に関する研究を行っている。監修書籍「園芸作業療法ガイドブック: 園芸×作業がWell-beingな未来を創る」(クリエイツかもがわ)、著書「みどりの処方箋 ─ヒーリング時代の緑の使い方─」(グリーン情報)など。






































