あの人の庭②|音楽家・良原リエさんの自然任せの庭
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好きな花が咲き誇る庭、雑草がない庭、虫に悩まされない庭……。そんな風にすべてを完璧にコントロールしようとすると、庭があること自体が辛くなってしまうことも。もっとおおらかな気持ちで庭と付き合ってみるのはどうでしょう?
今回の「あの人の庭」に登場してくださるのは、音楽家の良原リエさん。その庭はどこまでも自然体で、生きものたちへの愛と好奇心にあふれています。盛夏の7月下旬、植物がわさわさと茂る良原さんの庭を覗かせていただきました。
私は庭の観察者
アコーディオンやトイ楽器を操る音楽家の良原リエさんは、これまで庭で育ててきた植物や経験をまとめた『食べられる庭図鑑』『もういちど育てる庭図鑑』(アノニマスタジオ刊)などの著書があるほど、庭好きとしても知られています。
子どもの頃から両親や祖父母の影響で花や野菜の育て方を自然に覚えていき、現在は都内の庭付き戸建て賃貸で『ほったらかしでも育つ庭』を楽しんでいます。引っ越しをするたびに、さまざまな庭環境と向き合ってきた良原さん。その末にたどり着いた庭づくりの秘訣とは――?
ホップ、オカワカメ、カボチャなど多様なつる植物が交じり合って伸びていたアーチ
――これまでさまざまな庭と向き合ってきたそうですね。
小さい頃から庭いじりが好きで、20代で一人暮らしを始めた時も庭があるアパートを選んでいました。結婚して子どもできてとライフステージと共に住居が変わっても、庭があることは家選びから外せない条件でしたね。
――引っ越すたびに庭を作るのは大変そうです。コツはありますか?
何をおいても、まずは観察!
一年間かけて、その庭がどういった土質なのか、日当たりや風通しはどうか、自生している雑草の種類や、庭にやってくる生きものたちの動きなど、とにかく庭の環境をじっくり観察します。
引っ越したばかりの庭は、大抵土がカチコチに固くなっていたり、雑草に覆われていたりします。庭ごとに行ってきた対応は違うのですが、特定の雑草ばかりが生えている場合は耕して根を抜いて、他の植物が育つ余地を作ってあげます。そこに多種多様な植物を植えて実験していくうちに、その庭の環境に合った植物がわかるようになります。
ビールの原料となるホップは観賞用としてもとても愛らしい。食べても美味しい
――植物に庭の環境を合わせるのではなく、庭の環境に合った植物を探す?
そのほうが自然だし楽だと思いますね。自分が植えたい植物を植えるよりも、庭に合った植物を見つける。するとほったらかしでも元気に育つ庭が自然とできあがっていきます。
かわいらしい葡萄が実をつける。このフェンスはほかに十六ささげ(豆)もぶら下がっていた
以前に住んでいた家の庭で、雑草だと思って一生懸命抜いていたら、近所のおじさんが「それはミョウガだよ」と教えてくれたんです。その土地に合っていれば、普段食べている植物も勝手に育つのだなぁと驚きました。食卓と庭がつながった出来事でした。
――どんな植物を植えることが多いですか?
放っておいても育つハーブ類が多いかな。ハーブの多くは、環境が合えば雑草のようなものですよね。放っておいてもこぼれ種で増えていくということは、その土地に合っているということ。茂りすぎたら剪定して、利用法やレシピ、保存食を考えるのも楽しみです。
蚊に刺されたら、各種の手づくりチンキが活躍。ヘビイチゴは即効性があり、たちまち痒みが収まった
今の庭には落葉樹があって、秋にはたくさんの葉が落ちるのですが、それらを集めて庭の隅々に敷きつめています。そうすることで、落ち葉は毛布の代わりになり、地温が低くなりすぎるのを防いでくれます。また、落ち葉の下は小さな生きものの隠れ家になります。土壌生物が働き、春頃には団粒構造の土に変化しています。
落ち葉はコンポストにも。生ゴミとともにたい肥にして再び庭に戻している
食べた野菜からもう一度育てる
――リボベジ(※)で育てた野菜たちも、庭の大事なメンバーですね。
リボベジをはじめたのは30年ぐらい前からかな? 当時はそういう呼び名もなかったので、意識して始めたわけではありません。見切り処分のクレソンを買って水を入れたコップに挿しておいたら、根が生えてきて驚いたのがきっかけです。
植物だから当たり前なのですが、クレソンが生きていることに感動しました。それから、特にこれがリボベジと分けて考えるわけではなく、台所にある食材で育ちそうなものは種や苗だと思って一緒に育ててきました。
※リボベジ:「リボーンベジタブル」の略で、野菜の切れ端を水に浸して発根させ、土に植えて育てるなどして再び食べられるようにする栽培方法のこと。
観賞用としても好きで植えているサトイモ。秋には収穫もできる(写真提供:良原さん)
野菜って食べる時の姿しか知らないことが多いじゃないですか。本来は植物ですから、花を咲かせてタネもつけますし、最後は枯れます。その一生を知ることで、植物の人生の途中を野菜と呼んでいるだけなのだと思うようになりました。食材をより大切に扱えるようになったと思います。
豆苗の下部にある豆を植えて栽培。生長すると絹さや(さやえんどう)になり、食べられる。その後に枯れてタネをつけたところ
例えばこれ(下の写真)は何の野菜だと思いますか?
これは果たして何の野菜……?(写真提供:良原さん)
――むむ、、見たことがない感じです。わかりません……。
実はゴボウなんです。スーパーで売っているゴボウの芽が出ている部分を切って、水栽培して発根させてから植えておきました。その後、地上部が2mほどに大きくなり、花を咲かせたところです。
ほかにもビワやキウイも食べたタネから育っています。リボベジではありませんが、息子が拾ってきたドングリも立派な木に成長しましたよ。
実を食べた後のタネから育ったビワ。
小さな鉢で育てる場合は実は期待できないものの、葉をお茶やチンキにするなど利用することができる
庭道具も身の回りにあるものをリユース
――愛用の庭道具はありますか?
それが特にこだわりはなく(笑)。なるべく家にあるものをリユースしています。植木鉢代わりに紙パックやビニール袋、ペットボトルなども使いますし、土が入れば何でも鉢にしています。
身の回りの容器はなんでも鉢代わりに
――野菜だけでなく、庭道具も再利用しているのですね。
そうですね。子どもが小さい頃に庭で使っていたおもちゃのバケツや飼育ケースは、雨水を溜めたり、土を運ぶのに使っています。砂遊びに使っていたシャモジやヘラ、お皿(※もともと台所にあったものをリユース)は、土集めに使ったり、鉢の受け皿にもしていますよ。
生き物たちは用事があるから庭にくる
虫も鳥も、用事があるから庭に来ていると考えています。だから、基本的に駆除はしないですね。私は植物だけでなく、庭に集まってくる生きものすべてに興味があるし、愛おしいんですよ。
植物と生きもの(虫や動物)はとても深い関係にありますよね。生きものにとって植物は隠れ家でもあり、食べ物でもあり、出会いの場でもあり、出産や子育ての場でもあります。植物は代わりに受粉をしてもらったり、その植物にとっての外敵から守ってもらったりもします。
だから植物に虫がついたからといって、人間が立ち入って、やみくもに取り除いくのは違うかな? と感じています。
くわいが育つ水辺ゾーンは、トンボが産卵しやすいようにと用意した場所
特定の虫が爆発的に増えてしまったとしても、大抵、天敵がやってきます。するとその天敵を食べる別の天敵がやってきます。そうこうするうちに庭の中で食物連鎖の循環が生まれて、虫退治をせずに済むようになります。
実際、今の庭で何かの虫で困ったことがありません。植物に虫食いの穴が空くことはもちろんありますが、その程度です。
――スズメバチのように危険な虫が発生する場合はどうしますか?
私の場合は駆除ではなく、予防で対策しています。夏から秋の庭にスズメバチがよくやって来るのは、女王バチの産卵の時期だから。女王バチを守るために働きバチが活発に活動するそうです。よく見かけるようになったら、市販のダミーのハチの巣を吊り下げておきます。すると「あ、ここは他のハチのテリトリーだな」と思うようで、飛んでこなくなりますよ。
ダミーのハチの巣は夏の庭に欠かせないアイテム(写真提供:良原さん)
人や生きものとつながる庭
――最後に、良原さんにとって庭とは?
自分たちが生きていくために食べる植物や、そこに集まる生きものたちがどう育ち、どんな人生を送るのかを観察したり、直接、触れたりできる大切な場所です。庭仕事の間に観察できるのはほんの一部ですが、それでも自分の人生観に大きな影響を与えてくれました。
あと、私は人が集う場づくりが好きで、そこでも庭や植物が一役買ってくれています。
例えば今の家では庭の桜が見事なので、春先には友達に声をかけてお花見会を開催しています。以前住んでいた家では柿がたくさん採れたので、ご近所におすそ分けをすることで、年配の方たちとも打ち解けることができました。全国各地で植物を使ったワークショップを行うことも、ライフワークになっています。
私にとって庭は、生きものたちと出会い、その一生を知る場であり、人とつながるきっかけとしても欠かせない存在です。
良原リエさん プロフィール
音楽家。文筆家。アコーディオンやトイピアノ、トイ楽器の奏者として、Eテレ「いないいないばあっ」映画「ターシャ・テューダー 静かな水の物語」など、さまざまなジャンルの演奏、制作に関わる。庭仕事は一番のライフワーク。特にハーブや雑草をこよなく愛する。都会の住宅街で多様な生きものが棲むビオトープガーデンを目指し、実験を重ねている。著書に『食べられる庭図鑑』『もういちど育てる庭図鑑』『たのしい手づくり子そだて』『まいにちの子そだてべんとう』(アノニマ・スタジオ)、『トイ楽器の本』(DU BOOKS)など。植物に関する講座やワークショップも開催している。