白妙の雪を|美村里江さんのムーミンコラム♯10
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新年を迎え、皆さまお元気でお過ごしでしょうか。
目を通した後にしばらく考え込んでしまう国際ニュースも多い1月ですが、初詣の列に並んで多くの人の賑わいと笑顔を目にすると、新年への期待が自然とふくらみ「良い年でありますように」と願わずにいられません。
お参りした神社の参道には蝋梅(ロウバイ)が植えてあり、甘い香りが心を明るくしてくれました。透明感のある黄色が寒空に映えて美しく、いち早く開花して春を予感させるトップランナーという感じでしょうか。蝋梅の仲間を指す「カリカントゥス」という名称も、軽やかさが溢れていていいなぁと感じます。

冬の青空を黄色く彩る蝋梅
地域によってはまだまだ雪や寒さに警戒が必要な日本ですが、観測史上最低気温は1902年に北海道旭川市で観測された −41.0℃。この旭川市のほど近くに、ある邸宅があります。
以前美術系の番組でお邪魔した、織田憲嗣さんのご自宅です。デンマークを代表するデザイナー、ハンス・ウェグナーの世界的コレクターである織田邸では、ウェグナー作品だけでなく数々の銘品の家具が日常的に愛用されていて、大変素敵な空間でした。
でも一番驚いたのは、そのあたたかさ。
雪もちらつく3月の訪問でしたが、居間の中心で焚かれているたった1台の薪ストーブの熱が家全体をあたため、半袖でも十分なほど。「断熱に優れた北欧の建築を真似て、壁に40cmの厚みを持たせているんですよ」とのこと。夏も快適で近年の酷暑でも冷房をかけたことは一度もないそうです。
お話を伺いつつ、「ムーミンやしきの壁も40cmくらいあるのかな?」と浮かんだのですが、すぐに「いや、ムーミンたちは冬眠するから、適度に寒くないとダメか…」と思いなおして、またすぐに「ん? でもなんだかぬくぬくあたたかくして寝ていたような?」と疑問が……。

小説「ムーミン谷の冬」より
ムーミンたちの冬眠について書かれている小説やコミックは複数存在するのですが、『ムーミン谷の冬』の冒頭が最も丁寧に説明しているでしょうか。
箇条書きでまとめるとこのような感じです。
・家の中はあたたかく、とても気持ちよさそう
・地下室のストーブの中で、泥炭の山がしずかにいぶっている(ゆっくり燃焼中)
・ときどき月の光が居間の窓からさしこむ(窓にカーテンや木戸はなし)
・居間の大きなタイルストーブをかこみ、ムーミン一家のものたちがベッドで眠っている
・いつでもみんなは、十一月から四月まで冬眠する
・先祖からのならわし(ムーミンたちはしきたりをとてもおもんじている)
・おなかの中にどっさりともみの葉をつめこんでいる
・春が訪れる前に目覚めたムーミン一家はこれまで一人もいない
・それぞれのベッドのそばには、春になったらいりそうなものがそろえておいてある
ということで、やはり家の中はあたたかいようです。そして半年、寝ています! この半年間あたたかさを保つストーブの秘密も気になりますし、冷気の入りやすい窓も特に覆われていないようなので、ムーミンやしきはかなり高機能な建築なのかもしれません。(製作者であるムーミンパパに秘密を訊いてみたい。)
この細やかな冬眠の描写のあと、異変が訪れます。
「とたんに、今までついぞなかったことが起こりました。ムーミン一族が冬眠をしてから一度だってなかった、はじめてのできごとです。ムーミントロールが目を覚まし、それっきり、もう眠れなくなってしまったのです。」
冬眠中のムーミン一家が起こされてしまい、クリスマスを初体験したコミカルな前回とは全く別方向の開幕。頼れる大人のいない危機的状況の中、たった一人で未知なる「冬」の中に立ち、普段とは異なる人々に出会い、ムーミンが成長していく様子が描かれます。
なかでも「ご先祖さま」との遭遇は、生物学的なミステリーも含んでおります。

小説「ムーミン谷の冬」より
全てをつまびらかにしないムーミンの世界観の中でも、ご先祖さまはとびきりの謎です。
個人的には、日本の言葉で表現するなら”妖精”が近いと思うトロールですが、その先祖とは? 冬眠しないのは毛むくじゃらだから? 千年前の同種の先祖が同時代に生きていて、しかも顔を合わせることはないけど、同じ家で同居しているという設定。他の小説ではお目にかかれない唯一無二の環境で、自分の生物としてのルーツも感じつつムーミンは世界を広げていきます。
ちなみに、私の好きなキャラクターは複数いますが、唯一人形を持っているのはご先祖さまです。ネジを巻くと虚空を見つめたまま腰をふりふりする様子が可愛らしく、普段は我が家の神棚に鎮座ましましておられます。

小説「ムーミン谷の冬」より
優しきリアリストである「トゥーティッキ」とのやりとりも、この物語の大事な部分です。
目の前の出来事をありのまま捉えつつ自由な心のトゥーティッキに対して、幼いムーミンは願望や思い込みが強く、起きた出来事に対して不自由さを感じます。
冬の中で色々な経験と気づきを重ねたムーミンに、春の訪れと共に贈られたトゥーティッキからの言葉こそ、トーベ・ヤンソンがたった一人でムーミンを冬眠から目覚めさせた理由かもしれません。
「どんなことでも、自分で見つけださなきゃいけないものよ。そうして、自分ひとりで、それをのりこえるんだわ。」

小説「ムーミン谷の冬」より
これはムーミントロールだけでなく、生き続ける全ての生物へ該当しますね。
一人で色々なことを初体験するムーミンの挿絵が多い作品ですが、中でも私はこの絵が大好きです。未知であるがゆえに怖くて不愉快だった雪。それが降ってくる瞬間をはじめて目の当たりにし、もうそこに恐れはありません。

小説「ムーミン谷の冬」より
この後、せっかく冬を好きになりかけたムーミンに再び雷付きの吹雪をお見舞いするトーベは、「かわいい子には旅をさせよ」を地でいく、主人公への愛に溢れた作家といえそうです。
雪と氷の世界が溶け、ゆるやかに春に向かっていく段階的な表現もとっても素敵なんですが、この楽しみは現実世界に春が近づいてくるまで、もう少し取っておきましょう。

フィンランドでは冬の室内の彩りとしてヒヤシンスなど、球根植物の水耕栽培が人気だそうです。日本では学校の授業の一環で育てるイメージでしたが、長持ちしますし、花だけでなく根や葉の成長も楽しめるのでいいアイデアですよね。
日本の最低気温記録は前述の旭川市でしたが、フィンランドでは1999年のラップランド地方キッティラで−51.5℃が観測されました。首都ヘルシンキですら−34.3℃が1987年に記録され、1876年の東京−9.2℃とは大きく異なります。さすがの北国!
次回は、もうしばらく続く冬を明るく乗り越える知恵を、フィンランドとムーミンの世界から。また、作品のため冬でも夏のふりをすることのある私たち役者は、寒さにどうやって対応しているか。寒さに負けず開花していく花たちと共にご紹介します。
美村里江さん(俳優/エッセイスト)

2003年にドラマ「ビギナー」で主演デビュー。ドラマ・映画・舞台・CMなど幅広く活躍。読書家としても知られ、新聞や雑誌などでエッセイや書評の執筆活動も行い、複数のコラムを連載中。近著には初の歌集「たん・たんか・たん」(青土社)がある。2018年3月、「ミムラ」から改名。





































