「この地で育つ植物で染め上げる」 石徹白洋品店がおばあちゃんから学んだ服づくり
LOVEGREEN編集部
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岐阜県郡上市最奧の小さな集落「石徹白(いとしろ)」で、地域に伝わる衣服の知恵を継承しつつ、現代のライフスタイルに落とし込んだ服づくりを行うのが「石徹白洋品店」です。染めに使うのは自分たちで栽培、あるいは採取した地元の草木たち。素朴な草木から生まれる色は、鮮やかでありながら、とても優しく、身に纏う人の心をほっとさせてくれます。
石徹白の地に根差して13年。生活・仕事・自然がボーダレスにつながる暮らしを送る、店主の平野馨生里さんが繋いでいきたい文化とはーー?
目次
石徹白の自然と集落の力強さに魅せられて
平野さんが初めて石徹白を訪れたのは2007年。日本の原風景が残る自然豊かな環境もさることながら、この地に住む人たちの「生きる力」に魅せられたといいます。
「衣食住が自然と密接で、食べるものを自給したり、家が傷んだら自分で修繕する、奥深い山の集落で自分たちで暮らしを作っている姿に感銘を受けて、私もここで暮らしを築いていきたいと思いました」。
雪深い土地柄、手仕事をする人が多い地域。中でも平野さんが惹かれたのが、石徹白ならではの「服づくり」でした。
石徹白洋品店の実店舗。自分たちで仕立て、染め上げた季節の衣服が並ぶ
石徹白で受け継がれてきた、服づくりの知恵
身のまわりにある植物で、つくる、装う、工夫する。
ほんの100年ほど前を振り返れば、人々は暮らしに必要な衣食住を、自然の力を借りて自分たちでつくっていました。
石徹白で紡がれてきた日常着「たつけ」もそのひとつ。
「たつけ」をはいて農作業にいそしむ石徹白の人々
今のようにストレッチ素材の伸びる生地がなかった時代、「たつけ」は、立ったりしゃがんだりがしやすいように、お尻まわりはゆったりと、足裾はすぼまっていて足さばきがしやすいように工夫され、農作業には欠かせない衣服でした。
平野さんたちが学んだ石徹白の民衣は5つ。
人の体にあわせて裁断する洋服と違い、直線裁断・直線縫いで、無駄な端切れをださず、いかに動きやすい服に仕立てるかが、考えつくされています。
石徹白のおばあちゃんたちに、受け継がれてきた服の作り方を学びながら、服飾の専門学校で服づくりの基礎を身につけ、夫婦2人と猫2匹で石徹白に移住したのが2011年。
翌2012年には馨生里さん1人で「石徹白洋品店」を始めました。
6年前にやってきたヤギのアル君も大切な家族。雑草を食べてくれる人懐っこい子
1人ではじめたお店も、12年経った今ではスタッフも10人前後へ。
4人のお子さん(全員男の子!)にも恵まれ、生活と仕事が石徹白の自然と結びついて、しっかりと根付いています。
染めに使うのは石徹白で育った草木たち
藍染めの原料となる藍の葉は、作業場の前の畑で栽培している
石徹白洋品店の服の「染め」を担うのは、この地で育つ植物たち。
畑で育てる藍を使った「藍染め」と、石徹白に自生する草木を用いた「草木染め」の2つの技法で染め上げます。
取材に伺った時は、ちょうど藍染めの真っ最中。手を藍色に染めての作業がひと段落した平野さんに、藍染めの工程についてお聞きしました。
――藍染めをする時期は決まっているのですか?
藍の葉が収穫できる5月~9月いっぱいまで行います。藍を刈り取って葉と茎に分け、乾燥させた葉を山積みにしておき、水を打って切り返す作業を3カ月続けると、葉が発酵して「すくも」という堆肥化した状態になる。これが藍染めの原料になります。
この緑の葉から藍色が生まれるなんて不思議ですね
――藍の葉から、どうして鮮やかな藍色が生まれるのでしょう?
藍の葉でつくった「すくも」に、灰汁(灰の上澄み液)を入れて酸素を与えることで、すくもの中の微生物が活発に活動しはじめます。染め液自体は茶色ですが、布をつけて酸素と結合させて酸化させることで、皆さんが御存知の藍色に染まります。
すくもを、灰汁とともに藍甕に仕込む「藍建て」。その年の藍とお天気(気温)にも任せつつ、より良い藍色を出す工夫と努力を続ける
――藍染め液は、染めの期間中ずっと同じものを使うのですか?
そうですね。ただ、藍染め液は一度作って終わりではなく、甕のなかで常に変化する生き物。途中で色が薄くなってきたら、途中で色が薄くなってきたら、小麦のふすま(小麦の外皮の粉末)を与えて微生物の動きを活発にさせます。そうして世話をすることで、また色が濃くなります。
染めて、洗って、干してを、最低3回繰り返します。
洗いは入念に、すすぎは何度も。そうすることで色が澄んでいきますし、色の堅牢度が高くなり色落ちしにくくなります。
藍の色素は粒子が大きく、染めたては色が安定しないので、何度も染めて、洗って乾かすを繰り返す
葉を収穫してから染めるまでに2~3年、さらに色を定着させるまで1年寝かせるので、藍の収穫から製品になるまで4年ぐらいかかりますね。
――とても長い時間と手間がかかるのですね。
そうなんですよ(笑)。でも昔のものづくりって、きっとそうして時間をかけて、ゆっくり作ってゆっくり使うという感じだったんだと思います。
ちなみに、最後に色が出なくなった染め液は畑に撒いて肥料にします。
――工程のなかで無駄がないだけでなく、循環もしている。
天然の素材ばかりなので、土に戻しても廃棄物になりませんし、むしろ土を豊かにしてくれます。昔の人の知恵には、自然と共存する工夫がたくさん詰まってますよね。
この植物からこんな色が?不思議な草木染め
――藍染めの他に、草木染めもされています。
はじめたのは草木染めのほうが先でした。
藍染めは人手も設備も必要ですが、草木染めは、植物を煮だした液と、色を定着させる媒染液で染めるシンプルな技法なので、そこまでハードルが高くありません。
いろいろな草木で試してきましたが、最近はヒメジョオン、ビワの葉、栗のイガに、冬に雪で折れた桜の枝など、ある程度使う植物が決まってきました。
草木染めも天日で干してしっかりと乾かしたあと、色が定着するまで1年以上寝かす
とはいえ、同じ植物でも染める時期やその年の植物の状態によって、いつも同じ色になるわけではありません。そんな「ゆらぎ」との駆け引きも、草木染めの魅力だと思っています。
――植物の見た目と、染め上がりの色が全く違うことに驚きました。
白い花のヒメジョオンを煮だすと黄色く染まりますし、ビワの葉はピンク色に染まります。
ちなみに、上写真のグレーのシャツ。何の植物で染めているか分かりますか?
答えは栗のイガ。栗を煮だした液と、鉄(身近な廃材)を用いた鉄媒染液によって、美しく上品なグレーが生まれます。
手に取りやすく長く愛される服づくり
スリムだけど、ゆったり穿ける。石徹白洋品店の「たつけ」
石徹白洋品店の原点ともいえるパンツ。
布を無駄にしない直線裁断でつくる石徹白たつけの技法をベースに、今の暮らしにもフィットするようにリデザイン。日常着や作業着としてはもちろん、スッキリとしたシルエットはお出かけ用にもぴったりです。
「たつけ」以外にも、ゆったりとしたシルエットのワイドパンツ「はかま」や、「たつけ」と「はかま」の中間のような「かるさん」などを定番ラインアップ。
実物を見てみてみたいという方には、郵送で送る試着サービスもあります。
「自分で手を動かし、服を仕立てる経験を」と、定番の「たつけ」「はかま」「かるさん」「越前シャツ」の作り方本や、自分で手縫いできる服づくりのキットも用意。
平野さんも編集で携わる「いとしろ聞き書き集」では、石徹白地域の70~80代のおじいさん、おばあさんから聞いた話を、そのまま書き起こして、地域の暮らしの知恵を伝える活動もしています。
石徹白の地で暮らして感じる、集落の今
交通の便が良くなった現代でも、車でくねくねとした山道を登り続けないと辿り着けない石徹白の集落。
平野さん一家が移住してから現在に至るまでの変化も気になるところです。
――石徹白地区の現状について教えてください。
私たちが移住した2011年は人口が300人で、ほとんどが地元の高齢の方ばかりでした。
13年経った今では、人口が200人に減っています。でも、その200人のうち40人が子育て世代の移住者さんたちなんです。
移住や2拠点生活など、暮らし方が多様化したこともあり、人口としては減りましたが、「この地で暮らしたい」と思う人たちが徐々に増えているのはうれしいですね。
うちでも、春夏の藍染めを手伝ってくれるインターンの方を数名募集するのですが、「藍染めを学びたい」「自然豊かな田舎暮らしをしてみたい」といった若い方が応募してくれます。
取材中にも、藍甕(あいがめ)で染めを行うインターンの男性の姿が
――自然豊かな環境ですが、ガーデニング的に植物を育てることはあるのでしょうか?
ガーデニング……教えてほしいです!(笑)。庭も放ったらかしで……。
でも石徹白の人たちは、これだけ自然に囲まれていても、きれいに花壇をつくってお花を愛でている方が多いですよ。
ガーデニングとは少し違うかもしれませんが、暮らしに有用な植物を山から採取してきて、家の周りに植えている人も多いです。
自宅の庭で育つハギ(写真右手)は、秋の七草で知られる
うちにも、前の住人が植えていた、ウドや山椒、クルミやハギ、朴葉の木なんかがあって、息子たちがクルミを自分たちで割っておやつにしたり、田植えの時期には朴葉飯を作ったり……。今年は庭の梨が豊作です。
ヨモギやドクダミもたくさん生えるので、ドクダミで虫除けを作ったりもしますし、仕事にも生活にも、植物は切り離せない存在ですね。
取材を終えて
石徹白に限らず、日本の暮らしは植物の力を借りて成り立ってきました。
「街で暮らしていた時はお金を払って物を買う、サービスを受けるのが当たり前でしたが、ここには生活に必要なものが、はじめからすべてあったんです」。
取材の中で、平野さんが話した印象的な言葉です。
石徹白洋品店 岐阜県郡上市白鳥町石徹白65-18 (オンラインショップは通年営業) |
草木染めは自宅でも簡単!編集部でやってみた
「草木染めは自宅でも簡単にできますよ」と平野さんに教わった記者。早速翌日、近所のヒメジョオンを摘んで、6歳の息子と一緒に初めての草木染めにチャレンジしてみました。結果はいかに・・・?
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