アマゾンに残る神聖な儀式「カカオセレモニー」|山下智道の世界の文化と植物紀行
山下智道
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シャーマニズムが根強く残る土地や人と、そこで用いられる植物との関係を探求するシャーマンハーブジャーナリスト/野草研究家の山下智道さんが、世界を旅する中で出会ったと文化や風習と植物の関係について紹介いただく本連載。今回はアマゾンでの薬草植物調査からのレポートです。人・土地・植物の知られざるつながりを覗いてみませんか?
山下智道の世界の文化と植物紀行#2
アマゾンの暗闇で行われる儀式「カカオセレモニー」
民族植物学、いわゆるシャーマニズムが特にリアルに残っているのは、南米のペルーではないだろうか。
その中でも、アンデス山脈のミスミ山を源流とするウカヤリ川と、ラウリクチャ湖から流れ出たマラニョン川が、イキトス付近で合流する所からの川、そう「アマゾン川」のあたりでは今でも、さまざまな植物や生物のエキス(成分)を巧みに利用した儀式が、暗闇のジャングルで行われているらしい。そのいかにも「ヤバい感じ」に私は胸を締め付けられ、荒々しく鷲掴みにされるように興奮する。
私は自分の誕生日プレゼントにアマゾンを旅することを数年前に決め、密かにアマゾン薬草植物調査チームを作り、通訳、カメラマン、現地の植物研究者、シャーマンなどとコンタクトをとり、9月13日から約1か月にわたるアマゾンツアーの計画を立てていた。
今回の旅の一番のターゲットは、つる植物を用いた幻覚作用のある儀式「アヤワスカ」の調査であった。このアヤワスカについては、今後詳しく解説させていただくとして、その前にアマゾンの内陸都市プカルパで行われた「カカオ」のセレモニーについて解説させていただこう。
カカオセレモニーとは
古代マヤの時代からシャーマン、神官、貴族たちの間で行われてきたカカオから抽出したドリンクを用いた神聖な儀式で、メキシコや南米全域では現在も執り行われている。
カカオの学名は”Theobroma Cacao”で、Theobromaはギリシャ語で「神々の食べ物」を意味する。私たちが、何気なく口にするチョコレートの起源は、実は神々が口にする、奇跡の果物『カカオ』から由来していると思うとなんだかワクワクする。
カカオは幹生花で木の幹に花をつけ、実をつける
カカオは、幸福感をもたらす神経伝達物質「アナンダミド」を含有する。アナンダミドという神経伝達物質は、1996年に神経科学者のDaniele Piomelliによってチョコレートから分離されたとされる脂質の一種であり、私達が気分の良い時には、アナンダミドが分泌されている。
アナンダミドという言葉は、サンスクリット語の「アナンダ」に由来しており、至上の幸福という意味をもつ。中枢神経系に作用し、大麻成分のテトラヒドロカンナビノールと関連のある物質である。
大麻成分のテトラヒドロカンナビノールは、脳に分布するカンナビノイド受容体に作用することによって精神作用を示すが、「外来性のテトラヒドロカンナビノールに対して、私たちの体内に受容体が用意されているのはおかしい。もしかしたら、テトラヒドロカンナビノールのような作用を示す物質がもともと私たちの体内に存在しているのではないか」と考えた研究者たちが探し求めた結果、脳内に「アナンダミド」が見つかったとされている。
また、カカオに含まれるアルカロイドでは、テオブロミンが有名である。テオブロミンは珈琲のカフェインに構造が似ているが、中枢および末梢作用が穏やかで、リラックス効果、冷え性改善に効果的とされている。
カカオドリンクの作り方
さて、気になるカカオセレモニーに使用するドリンクの作り方である。まずは良質なカカオをジャングルから採取し、カカオの果肉を全て取り除き、種子だけを残す。この時残った種子がいわゆる「カカオニブ」である。
カカオの果肉を全て取り除き、種の部分の「カカオニブ」だけを取り出す
よくデパートで販売しているカカオニブは種子を発酵、乾燥、焙煎した後に、胚乳部分を細かく砕いたものである。
プカルパで頂いたカカオニブは、これまで食べてきたものと比べ、かなりビターではあったが、わざとらしい苦味はなく、後味は非常にまろやかだった。これには本当に感激し、ジャングルから採ってきたばかりなのに、すでに良質なチョコレートが完成している。
そのカカオニブを細かく粉砕し、シナモンの葉と共に、ココナッツミルクに加えて低温でじっくり煮詰めていく。
「低温、弱火」のポイントをシャーマンに聞くと、テオブロミンが熱で壊れやすいからなのだとか。数時間かけて煮込み、ついに完成したカカオドリンク。これから怪しい暗闇の館にロウソクを立てて、時がきたらそれを飲み干すそうだ。
カカオの力でリラックスし、エネルギーが満ち溢れ
シャーマンが暗闇の中で、虫の鳴き声と混ざり合うかのような口笛を吹き、自前のタバコで会場を浄化していく。
私はそのタバコの副流煙が非常に心地良く、そしてプカルパの乾季の夜も思った以上に心地良く、夜の10時ぐらいであったこともあり、眠気が差してきた。
その時、シャーマンがカカオドリンクをコップに入れ、私に差し出してきた。それを数回に分け、そのドリンクを飲み干した。カカオのビターな香りと、ココナッツミルクの甘みが非常にマッチして美味しい。これまで頂いたことのない、ココアの味である。
気管にカカオニブのカスがこびりつき、私は必死に唾液でそれを流した。その後、ヤバい幻覚植物たちとは異なり、心身共に非常にリラックスした時間を過ごした。まるでお酒を飲んだかのように、全身の末端までポカポカして開放的な気分。
この儀式では、普段言えないことを打ち明けたりし、それを音楽と共にセッションしていくそうだ。
カカオを介して、あらゆるエネルギーが満ち溢れ、私たちはエネルギー交換をしていくのだろう。
シャーマンハーブジャーナリスト/野草研究家 山下智道
生薬・漢方愛好家の祖父の影響や登山家の父の影響により、幼少から植物に親しみ、卓越した植物の知識を身につける。現在では植物に関する広範囲で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会、ワークショップ、薬草ガーデンのプロデュース、ハーブやスパイスを使用したブランディング等、その活動は多岐にわたる。TV出演・著書・雑誌掲載等多数。
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