アマゾンの虫除けの木の実「アチョーテ」
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シャーマニズムが根強く残る土地や人と、そこで用いられる植物との関係を探求するシャーマンハーブジャーナリスト/野草研究家の山下智道さんが、世界を旅する中で出会ったと文化や風習と植物の関係について紹介いただく本連載。人・土地・植物の知られざるつながりを覗いてみませんか?
アチョーテの真っ赤な実を、煎じて飲んだり湿布にしたり
前回紹介したアヤワスカなどの神聖な儀式を行なったあとは、まさに魂の抜け殻である。
自分の身体を持ち上げるように立ち上り、産まれたての子牛のように、身体を引きずりながら歩く。
乾期といいながらも、雨の後の、じれったくベタつく湿気に、蚊はもちろんチクチク刺す虫たちが溢れる。
それらを追っ払う覇気もなく、ただただ刺され、吸われ、私は虫たちのドリンクバー状態になる。
ハンモックに横たわり雨を凌いでいたら、シャーマンのリンドルフィスが現れ、私の手を取りキッチンに連れていってくれた。
そこでは何やら変わった鞘に入った赤い実を、石で潰してペースト状に引き伸ばし、小皿に取り分けている。
シャーマンはそれを指差し、全身に塗るといいと言った。
私の顔や身体にそれを塗布し、引き伸ばして満遍なく均一に塗り込みながら、「これはアマゾンの虫除けなんだ。アマゾンの先住民族はこの赤い色素を身体に塗ることで、虫除けに使うんだ」と教えてくれた。
また、シャーマンたちは悪魔が侵入してこないように、この色素で全身を包むらしい。
少しでも隙間があると、悪いシャーマンが呪いをかけたり、悪魔が入る入り口になるから、丁寧に、そして均一に塗るのだそうだ。
この赤い果実はアチョーテだと教えてくれた。
アチョーテはアマゾンのジャングルの日当たりの良い林縁でよく見かける、ベニノキ科に属する熱帯アメリカ原産の常緑低木である。
現地の人はこれを見つけたら、適当にもぎ取ってポケットに入れ、蚊が多い時などに軟膏のように肌に塗って使用する。
この木は全てが薬用で、大きなハート型の葉は、切り傷や痛み止めの際に叩いて湿布にし、皮膚病、解熱剤、消化促進の際はこの葉を煎じて飲むのだ。
ペースト状にしたアチョーテの赤い種子を顔に塗って虫よけにする
味付けや食欲増進、腐敗防止にも使われる
アチョーテはペルーアマゾンでは、食欲をそそる色素としても重宝される。
現地の人はアチョーテのさやから種子を取り出し、ザルみたいなもので、アチョーテの色素成分をこすり取り、その真っ赤な朱肉のような果肉を鶏肉に塗り込む。
アチョーテの色素成分には食欲増進作用以外にも、腐敗を抑えたり、食物にハエが寄ってこないようにする効果があるそうだ。
ペースト状にしたアチョーテの種子をまぶしこんだ鶏肉
タンドリーチキンのような色合いのアチョーを塗り込んだ鶏肉をを、炭火でじっくり時間をかけて丁寧に焼いていく。
私は頂くなり、すぐにかぶりつき、鶏肉を骨までガリガリと食べた。まるで実家のハッピー(愛犬)のようだ。
ほんのりと酸味があり、まるでトマト煮込みかのようにいい塩梅で、チキンの旨味とアチョーテの酸味がマッチしていた。
おそらくこれは、ペルーアマゾンで食べた料理で1番美味しかったかもしれない。
アチョーテの色素成分
アチョーテの特有の紅色色素は、水に不溶で油脂に溶けるビキシン、ノルビキシンが主成分である。構造的にはカロチノイドに分類され、ソーセージなどの食品の着色に用いられる。
アマゾン滞在中も、丁寧に調理した鶏にアチョーテをまぶした香草焼きなど、アチョーテのトマトのような色素は食欲をそそるスパイスとしても大活躍した。
また、ペルーでは種子を油で炒め、アチョーテオイルにして調味料として使用したり、お湯に入れて色素を抽出し、肉の色付けに使ったりする。
メキシコではタコスの具でおなじみのパストールなどに欠かせない(アチョーテ、チレアンチョを水で戻したものにニンニクなどを混ぜ合わせてパストールの漬けダレにする)。
アチョーテ(Bixa orellana L.)の詳細
熱帯アメリカ、西インド諸島原産。
コロンブスの「新大陸発見」以降、染料植物として他の熱帯地方に広がり、現在では観賞用としても世界各地の熱帯・亜熱帯で広く栽培されている。
高さ10mまでの常緑小高木で、淡紅色の径5cmにもなる美しい花をつけ、花弁は5枚で多数の雄しべがあり、果実は長さ2から4cmの卵形で、赤褐色の柔らかな毛に覆われている。
果実は熟すと2つに割れ、その中には緋紅色の柔らかい種皮に包まれた20個ほどの種子がはいっている。このパルプ質の種皮に赤色のカロチノイド系色素ビクシンが含まれ、アナットー色素として利用され、19世紀に赤色合成染料コンゴレッドが普及するまでは、羊毛や絹を染めるのに用いられていた。現在では食用色素としてバターやマーガリン、チーズの着色に利用されている。
アメリカ大陸の先住民は戦闘や祭りの時に、この色素から作った赤や黄色の絵の具で体を彩色していた。今でも口紅などの化粧品にも用いられている。
シャーマンハーブジャーナリスト/野草研究家 山下智道
生薬・漢方愛好家の祖父の影響や登山家の父の影響により、幼少から植物に親しみ、卓越した植物の知識を身につける。現在では植物に関する広範囲で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会、ワークショップ、薬草ガーデンのプロデュース、ハーブやスパイスを使用したブランディング等、その活動は多岐にわたる。TV出演・著書・雑誌掲載等多数。