ガーデニングで地球の未来に種を蒔く|二宮孝嗣さん「後編」
更新
公開

東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田の斜面地2,500坪を花でいっぱいにする「奇跡の丘プロジェクト」の指揮者としても知られる二宮孝嗣さんは、世界で初めて世界三大フラワーショーのゴールドメダルを三冠達成するなど、数々の受賞歴をもつ世界屈指のガーデンデザイナー。
インタビュー後編では、日本のガーデニングや日本での活動について深くお聞きしました。
目次
最高のガーデニングセンスをもつ日本
2003年のチェルシーフラワーショー「ヨークシャーガーデン」
2003年のチェルシーフラワーショーで植栽を担当し、ゴールドメダルを受賞した「ヨークシャーガーデン」。その場の植物材から即興で配色。自然風の混植植栽は当時のイギリスでは新鮮で、翌年の植栽のオファーが何人もありました。
日本の庭のセンスが、ガーデニングの本場イギリスに認められたとは嬉しいことですね。
「ヨークシャーガーデン」の水辺の植栽
実は日本とイギリスには、庭への感覚について共通するところが多いんです。ひとつには、土地を所有する文化があるから、個々人の庭に対する執着や愛着があります。また、お互い島国ですから他国からの影響をうけにくく、土地ごとの特性を大事にした文化が育ちやすいのも似ています。
日本とイギリスで似ているようで大きく異なるのは、自然の捉え方ですね。気候の差もありますが、宗教的なところが大きく、自然の受け止め方が違います。
西洋のひとりの神が万物を創造したとする一神教的な考え方は、八百万の神々が身の回りのものすべてに宿っていると考え、自然をそのままの姿で受け入れる日本的な考え方とは発想の原点が根本的に違っていると思います。豊かで美しい自然の中で過ごす日本人は、自然災害も多いですが、自然には抗わず人間のほうが寄り添っていくものという感覚が染み付いているわけです。
そうすると、ガーデニングへの向き合い方もずいぶん違ってきそうですね。
日本人だとあたりまえに感じることが、イギリスでは新鮮な視点として受け止められることが多くて、フラワーショーでも和の視点は高評価でした。植生を考えた植え方もそのひとつですね。そのほか、海外でよく見る人造的でシンメトリックな庭は我々にとっては不自然です。さまざまな色の花や木が身を寄せあっている自然風の混植や非対称のデザインも、海外では新鮮な世界観として迎えられました。
禅や侘び寂びの世界を連想してしまいました。
僕は視線の動きを大切にします。庭を眺める人はどこに立ってこの庭を見るだろう、その後どう動き出すだろう。見る人と一体化した空間になったとき、庭という独自の世界が完成します。それはまさに、和の芸技で正面と向正面を重要視し、鬼門や裏鬼門といった方角にこだわったり、区切りをつけて結界を張ろうとする感覚に近いかもしれませんね。
僕の庭が、ガーデニングの最高峰であるイギリスで認めてもらえたのは本当に嬉しいことでした。
できることは限られる。だから明日も植え続けよう
岩手県陸前高田のガレキに覆われた斜面地2,500坪が、一面花咲く野原へと生まれ変わった様子
東日本大震災の津波で瓦礫の地と化した岩手県陸前高田市の斜面地2,500坪が、一面の花咲く野原に生まれ変わった「奇跡の丘プロジェクト」。計画の指揮を取る隊長として、述べ2,000人のボランティアと多くの資材提供会社、全国からの支援金などの熱意をひとつにまとめ、喜びの丘をつくりあげました。
世界のフラワーショーで活躍するなか、日本ではどのような活動をされているのでしょう。
信州の片隅で自然の声を聴きながら、まわりの植物たちに身を委ねている毎日ですよ(笑) 声がかかれば全国の建築物の外構に植える植物のデザイン、植栽もしています。飯田からトラックに植栽に必要な苗や資材を積み込んで走り回っています。
近年は緑を意識する人も増えて来ましたが、以前は建築家のなかには、建物にはこだわるものの外構の植生には無頓着な人も多かったものです。でも、その建物を使い続ける人たちにとっては、建物内部だけでなく、周囲の居心地の良さも含めた空間が生きる世界。外構や中庭も含め、長い期間をその建物と共にする人々の視線を想定した植栽と手入れの持続が重要だと思います。
マンションの住人といっしょに花植えするプロジェクトも長く続けておられます。
神戸にあるマンションのサンクンガーデン(沈床式庭園)
信州からトラックいっぱいに苗や資材を積み込んで、全国各地の庭に行きます。神戸市のマンションでは外構全部の設計施工以来20年来の活動になっていて、年5回、住人のガーデニングクラブの人たちと花の植え替え管理を行っています。住人の方々が自分たちで庭を手入れすることで愛着がわいてきて、そこに住む人達の幸せを高めていくのだと実感します。
飯田市では、子どもたちと自然に戯れる「わんぱく冒険隊」の隊長もされておられます。
わんぱく冒険隊@屋久島の縄文杉
<可愛い子には怪我をさせろ!>
わんぱく冒険隊は小学4年生から中学生を対象とする、学校や地域・年代を取り払って、いろいろな体験にチャレンジしてもらう活動です。長野で登山やスキー、きのこ狩りなどのほか、屋久島の縦走などの遠征も。クリスマス会やお餅つき、門松づくりのような季節行事や、震災の募金・ボランティア活動などもしています。
わんぱく冒険隊@屋久島の頂上
普段の生活ではなかなか行けないところやできない体験のなかで新しい発見をしたり、刺激を受けたりする体験を、元気に楽しくチャレンジする場です。
体をめいっぱい使って遊ぶことで、生きる力を増やしています。大人でも躊躇するほどの険しい体験もあるんですが、保護者のみなさんには「怪我したら褒めてあげてくれ」と頼んでいます。チャレンジした証なんだからと。
未来を託すこどもたちが明るい希望をもてるような活動になるといいですね
わんぱく冒険隊@鹿児島!屋久島縦走中
SDGsなどで取り上げられる「グリーンな活動」は、本当に地球の植物たちのことを考えたものになっているだろうかと、よく思います。人間に都合のよいものを「地球に優しい」としているだけではないかと。
たとえば、飯田の田舎にいると、現在 恐ろしい勢いで虫の種類が減っている、そのため鳥も動物も姿を見せなくなっているのを肌で感じるのです。宗教も人種も超えて、動物や植物達、みんな地球号に乗っている運命共同体なのです。私たちは忘れがちですが、炭素も水もすべての物質が 、地球の上で形を変えてめぐっているだけ。そのあり方がどんどんいびつになってしまっているような気がしてならないのですが、このように大きな話になってくると、自分ひとりの力ではどうしていいのかわからなくなってきます。
だからこそ、自分の目の前に広がるものと共存していくことから少しずつ始めるしかない。私にとってそれが、花を植えること、緑を増やすことです。
虫や鳥などの動物は、一世代でも断たれたらそれでつながりが途切れます。でも植物は、種で残ればつながりを持続できます。伐採して失われた分は、植えて世代をつないでいけばいい。この、伐採後に植林して自然をつなぐ歴史は、日本独自ともいえる文化なのです。そうした日本の感覚も今後世界に拡げていかなければと思います。
今、何をすべきか、正解はわからないけれど、目の前にあること、自分にできることを一つずつやっていく。この積み重ねでこれからもやっていこうと考えています。これからも、地球で起きているさまざまなことにアンテナを張って考えをめぐらし、新しいことに挑戦していけたらと思っています。
~二宮孝嗣(にのみや・こうじ)さんのご紹介~
ガーデンデザイナー、樹木医。
静岡大学農学部園芸学科卒、千葉大学園芸学部大学院修了。
1975年からドイツ、イギリス、ベルギー、オランダ、イラク(バグダット)と海外各地で活躍の後、1982年に長野県飯田市にてセイセイナーセリーを開業。宿根草、山野草、盆栽を栽培する傍ら、飯田市立緑ヶ丘中学校外構、平谷村平谷小学校ビオトープガーデン、世界各地で庭園をデザインする活動を続ける。
1995年には世界三大フラワーショーのひとつ、イギリスのチェルシーフラワーショーで日本人初となるゴールドメダルを受賞獲得した。さらに、オーストラリアのメルボルンフラワーショー、ニュージーランドのエラズリーフラワーショーと、世界三大フラワーショーのゴールドメダルをすべて受賞、世界初となる三冠を達成した。ほかにも世界各地のフラワーショーに参加、独自の世界観での庭園デザインで世界の人々を魅了し、数々の受賞歴をもつ。
樹木医七期会会長、一級造園施工管理技師、過去に恵泉女学園、岐阜県立国際園芸アカデミー非常勤講師。各地での講演や植栽・ガーデニングのセミナーなども多数。著書『美しい花言葉・花図鑑-彩と物語を楽しむ』(ナツメ社)はロングセラーとなっている。
———————————————————————————————————————————————————
二宮孝嗣さん、ありがとうございました。
人間に都合のよいものではなく、本当に地球の植物たちのことを考えて取り組む「グリーンな活動」とは何なのでしょうか。少し想像してみるだけでも、はてしなく壮大で本当に大切なことだと思います。
LOVEGREENでは、二宮孝嗣さんの「人と自然との共生にまつわるよもやま話」などの連載もスタートしていきます。みんなでちょっと真面目に植物や地球環境について考える素敵な機会ができそうです。お楽しみに!