あの人の庭①|人と人が交わる実験花壇「百庭」
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「この葉っぱはなに?」「それはゲンノショウコだからこっちに残しておこうか」――。6月のとある休日。神戸のとある公園の花壇でそんなやり取りが聞こえてきます。
数年前までは雑草に覆われた場所だったこの公園は今、ユニークな市民花壇として息を吹き返しています。立役者は一人の女性と一匹のうさぎ。一人と一匹ではじまった庭づくりはさまざまな人を巻き込み、今では人と人、人と植物が交わる交差点へと姿を変えました。
さまざまな人のお庭とその付き合い方を紹介する取材連載「あの人の庭」。
今回は、ファッション研究者の小野原教子(のりこ)さんが始めた実験花壇「百庭」です。
きっかけは近所のおじさんとの会話から
神戸・北野異人館街近くの北野町西公園。約60平方メートルの花壇にはハーブやハッカ、藍染めの原材料になるアイなど100種類以上の植物が育っています。
きっかけは近所に住むおじいさんとの世間話から。
「昔は月に1回、自治会で十数人が集まって季節の花を植えていたのに、高齢化で参加者が減っていった。13年前に活動を辞めると花壇は雑草で覆われ、公園自体も寂れてしまった――」。
そう嘆く声を聞いた瞬間、「賑やかだった頃の公園を取り戻したい!」と思い立ち、その日の午後には神戸市に連絡をして、市民花壇制度の申請を行っていたという小野原さん。「もともと植物は好きだけど、枯らす人間」だったそうで、勢いにまかせての奮起でした。
立ち上がりから数年は、今は亡き相棒のウサギ「スス」と共に固い土壌を開墾するところからはじまり、数年間はほぼ一人で運営。時折友人らや家族にもサポートを頼んで活動してきたそう。
「百庭」代表の小野原教子さん。手を添えるアカメガシワの葉は昔から黒の染め物に使われ、百庭でも草木染め教室で挑戦したそう。ほかにも新芽を天ぷらにしたり、葉をお茶にしたりと重宝している
その後、個性的なメンバーたちとの出会いが重なり、現在はコアメンバー3人で毎月の植栽活動やワークショップを企画。また、日常の水やりをするメンバーも10人ほどへと増えて活動も賑やかに。
活気を取り戻した百庭を彩るのは、野草やハーブが中心。
もともと公園に自生していた植物のほか、全国の植物愛好家からドネーション(寄付)されたタネや苗が、花壇前の赤い郵便箱に郵送で届きます。
百庭に取り付けられた赤ポスト。全国の植物愛好家からタネや苗が送られてくる
園芸種よりも、自生の野草が好きだったことから、ゲンノショウコ、沖縄よもぎ、紫ウコン、マンジェリコン、ポルトジンユ、ホーリーバジル、和薄荷、各種ミント、ヤブツルアズキ、もち大豆、黒小豆、白小豆、ミツバ、ローゼル、黒丸大根、ブラックベリー、バラ、山葡萄、蓼藍(たであい)、ルバーブ、大和当帰、各種コットン(綿)……など、育つのは和洋ハーブを中心にとした野草たち。
廃棄処分される予定だった花苗も譲り受けて植栽に生かす
庭で学びたい、遊びたい、楽しみたい!
そんな百庭では、自分たちの興味の赴くまま「学びたい!遊びたい!楽しみたい!」を大切に、庭や植物のさまざまなイベントを催しています。
百庭で採れるハーブを使ったお香づくりのワークショップ
植物学者の先生を招いて植物を学ぶツアーを実施したり、植物をモチーフにしたポストカードをつくるボタニカルアートの国際公募展も毎年開催。
2024年からは定期的に活動日を設けて、オープンガーデンの形で誰でも活動に参加できる形に。草刈りや種まきなどの基本的な植栽活動のほか、育てた植物を用いた染め物のワークショップや、採取した野草や花などを食べる会、庭に関する読書会など多彩な活動を行っています。
庭作業の休憩時には、手作りのハーブティーで一息
取材に伺った日は、ちょうどパーマカルチャーの手法のひとつ「スパイラルガーデン」を作る日。記者も取材を兼ねて飛び入り参加させてもらいました。
庭×カルチャーの視点で――
パーマカルチャーとは、パーマネント(永続性)と農業(アグリカルチャー)、文化(カルチャー)を組み合わせた造語で、自然の生態系を模倣し、人と自然が共生できるような関係を築く庭デザインのこと。具体的には、スパイラルガーデンやキーホールガーデン、フォレストガーデンといったデザイン手法があります。
以前につくったパーマカルチャー手法のひとつ「キーホールガーデン」。名前の通り鍵穴のような形は植物の手入れのしやすさなどを考慮した庭デザイン
この日は、百庭のコアメンバーのひとりで、パーマカルチャーデザイナーでもある安川エリナさんのレクチャーのもと、集まったメンバー10人ほどでスパイラルガーデンをつくっていきました。
パーマカルチャーの考え方についてレクチャーをする安川エリナさん
スパイラルガーデンについて手描きの絵でわかりやすく紹介
「パーマカルチャーデザインでは、身近にあるもの(石などの自然物)を使って、植物と共生してく庭をデザインします。観賞するだけの庭よりも、暮らしに密接に植物と繋がれますし、いつ・どこに・どんな植物が育っていて、それをどう利用できるかを把握できる庭デザインは、防災の観点としても有用ではないでしょうか。日常の文化的生活が損なわれたときに、雨水利用をしたり、野草を食べたり、自家製コンポストで野菜を育てたりする知恵は、緊急時の自力にもつながると感じます」(安川さん)。
古い瓦を再利用したスパイラルガーデンづくり
この日は頂き物の古い瓦を使って、スパイラル状に庭をデザインしていきました。中心に向けて高くなっていくように考えて、形が不揃いな瓦をパズルのように組み合わせていきます。
みんなであーでもないこーでもないと試行錯誤しながらの作業は、想像以上に楽しく、記者も思わず穴掘りに参加してしまいました。
自然をコントロールしすぎない
小野原さんに「百庭流の庭との付き合い方は?」と聞いてみると……。
「コツと言えるかわかりませんが、自分がすべてコントロールして庭を作ろうと思わず、できるだけ自然に任せるのがいいのではないかと考えています」。
例えば生育力旺盛でやっかいもの扱いされる笹やハルジオン、セイタカワダチソウも、不要な分は抜いたりもしますが、根絶させるところまではしないそう。
「ハルジオンは、お米と一緒に炊くと美味しく、おにぎりにすると彩りも綺麗。セイタカアワダチソウもチンキなどにして有用に使えます。邪魔者扱いされる雑草のなかにも、暮らしに役立つ草はたくさんありますから」。
実は活動当初、植栽に詳しい友達と活動をする中ですれ違いが生じたこともあるのだとか。
「庭や植物のことをよく知っている人は、一方で『こうでなければならない』という考えが強くて、植物初心者の私からすると『どうしてダメなの?』と感じることが多くなっていきました。あと偏見かもしれませんが、当時の私には、市民花壇をやっている人が辛そうに見えることがあったんです。支給された植物を、花壇監督の指示に沿って植えるだけだと辛い作業になってしまうのではと……。もっといろんな人の楽しみ方が混ざり合った自由な庭(場所)にしたくて」。
ウサギやイグアナ(!)も参加した百庭のワークショップデイ。動物も植物も生き物全般ウェルカムな雰囲気の活動がモットー
目指しているのは、植物、動物、アート、ファッションを愛する人たちが集まるコミュニティガーデン。
「自分自身が庭や植物の初心者だったので、同じような人が、先入観なく庭や植物を楽しく学べる場所にしたいですね」。
百庭のこれから
スパイラルガーデンの製作途中。この日参加された皆さん記念撮影。コアメンバーから初めて参加された方、お子さんやウサギ、イグアナちゃんと多彩なメンバーがそろった
手探りで始まった庭づくりにも、今では明確なコンセプトが。
「種から花がらまでを大切にし、植物の一生を観察し、自家採取した種を継いでいけるよう心がけています。使う肥料はコンポストで自作した植物由来の有機肥料。周りの自然にあるものを利用・再利用するのがモットーです」。
活動が3年目を迎えた去年には、大学の学術助成を受けることになり、2024年度から「実験花壇百庭」の活動が研究プロジェクトになったそう。活動は研究色を増してきましたが、その扉は誰にでも開かれています。
「老若男女、地元の住民から観光客、外国の方まで、植物、動物、アート、ファッションを愛する人たちが気軽に集えるコミュニティガーデンになればうれしいですね」。
一人の女性の一歩踏み出す行動力が、荒れ果てた公園を人と人、人と自然が交わる場所へと変えた実験花壇「百庭」。そのあくなき実験は、まだ始まったばかりです。
百庭では全国の植物愛好家からの種苗提供も受け付けています。興味のある人はインスタグラムをチェックしてみてくださいね!
▼百庭インスタグラム
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百庭代表 小野原教子さんプロフィール
大阪生まれ。神戸で学生時代を過ごし、京都やロンドンで大学院で研究、神戸で職を得て、20年経が経つ。繊維メーカーでテキスタイルの販促の仕事をした経験から、衣服とファッションに学問的に興味をもち、現在は兵庫県立大学で服飾文化の研究をしている。また、詩を書いたり、ヴィジュアルポエトリー作品を作る活動も。父親の蔵書を利用して、娘さんが企画する古本屋プロジェクト「百窓文庫」も2006年から不定期で開催。好きな植物は、つぼみなどが小さい花や、山野草や野花。