川は流れて|美村里江さんのムーミンコラム♯6
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朝晩の風に秋の気配が漂い、ホッとしておられる方も多いのではないでしょうか。もう秋は来てくれないのでは? と疑いたくなる日々でしたね。
フィンランドでも今年の7月は熱波が発生し、30℃越えの日が22日連続したそうですが、もはや「30℃」という数字を見て比較的過ごしやすそう、と感じてしまう程だった日本の夏。気温25℃以上「夏日」、30℃以上の「真夏日」、35℃以上の「猛暑日」。この定義に、40℃以上の名称を加えることが決まり「酷暑日」などが候補だそうですが、どうかそれを最上限として、45℃以上の日などは来ないでほしいものです。
居座る暑さに遠慮している秋を先導するが如く、秋色の花たちは咲きだしています。コスモス、ケイトウ、彼岸花……。そんな中、私は7月にも挙げた百日草(ジニア)に再注目しております。
百日草(ジニア)
フェルトか何かで作ったようなビビッドな色。花びらもしっかりしていて、そして本当に100日以上咲くのです!
へたすると11月くらいまで頑張っている花が確認でき、最後の方はガク付近から茎の緑が侵食(?)してきて、白っぽい花はほとんど緑になってしまったり、そのまま立ち枯れることすらあります。
なぜそこまで、と思いつつ応援したくなる風情です。みなさんもどこかで見かけたらいつまで百日草が元気にしているか、見てみてください。
ムーミン世界で多く描かれる自然災害
さて、日本の9月は防災強化の月でもあります。
関東大震災のあった9月1日は「防災の日」と定められ、台風も多数上陸。学生時代の避難訓練時に繰り返し教わった「お(押さない)・か(駆けない)・し(喋らない)・も(戻らない)」は、「ち(近寄らない)」が加わって「おかしもち」になっているそうで。これは珍しいものを見るとつい近寄ってスマホでの撮影を試みてしまう、現代人の習性としては重要な「ち」だなと、追加の意義を感じました。
ムーミンの世界にも自然災害は多く描かれ、特に彗星と洪水は、小説でもコミックスでも繰り返し登場しているエピソードです。
ムーミン・コミックス「彗星がふってくる日」より
彗星の接近とその影響による自然の急変に皆が動揺する中、私がビジュアル的に好きなキャラクター、ご先祖様と並ぶ二巨頭であるスティンキーは、けしからんことに非常時に乗じて儲けようとしております。(しかしお花たちにもここまで避けられるとは……本当に名前通りの匂いなんですね。)
とことん怖がる、人に煽られてつい動く、冷静に自分の目で観察する、逆に面白がってみる、今までできなかった非常識を解禁……。色々なスタンスの登場人物の行動に笑えるお話しですが、妙にリアルだなぁと感じるものがあり、これも作者のトーベ・ヤンソンが激動の時代に人間観察(または自己観察)を繰り返したことに因るものかもしれません。
命さえあればそれでいい、と思いたいけれど、日常生活はあまりにも愛しいものがたくさん。今が便利で豊かであるほど、失う恐怖は大きくなってしまいがちです。
いざ避難、となってからムーミンママが賞をもらった庭のバラを全部切って持っていこうとするところなど、笑った後にふと考えてしまいます。
どこかに緊急避難、となって5秒しか猶予がない時、夫は一緒に逃げるとして私がとっさにその手に取るものはなんだろう? 25年一緒にいるカエルのぬいぐるみか、その時参加している作品の台本たちか、あわあわしてテーブルの上のバナナを掴んで飛び出してしまうなども十分あり得そうです。幅広く想定した予行訓練はとても大事ですが、本番時に訓練通り動ける人は稀かもしれず、私も自信がありません。
そんな中、先月の海関係の暴走が嘘のように、「常に備えている、先回りの男」ムーミンパパが大変頼もしい! 彗星だけでなく洪水がくることを望遠鏡で確認。一次避難先の洞窟は水で溢れるからと皆を先導。
ムーミン・コミックス「彗星がふってくる日」より
家の地下や上階の危険も的確に伝え、じゃあどこに、ということでリビングに集まるのですが、ここでムーミンママが「だれもケーキを食べないの?」と作ってあったケーキを配ろうとし、パパは困り顔で「こういう時にのどに通るかい?」と返します。スノークの女の子とムーミンの関係も同じく、一方が心配している時、もう一方は少し楽観しておくのも非常時にバランスをとる知恵のひとつかもしれません。
そしていよいよ彗星衝突まで数分、となったところで鍋やバケツを銘々被って姿勢を低くしている姿はとても可愛らしいですが、現実にも通用する方法なので再び胸がぎゅっとします。物語は明るく着地しますが心にざらりと残るものあり、小説と併せて読み比べていただけたらと思います。
「自然災害」以前に、自然は思い通りにはならないものです
私の趣味の渓流釣りもオフシーズンになりますが、真夏より外で過ごしやすくなったためか、川や海での水難事故のニュースが目につきます。そんなニュースを見るたび、私が思い出すのは長良川を有する岐阜県が公式サイトで出している 「水難事故等に関するQ&A(よくある質問)」。その数なんと100問以上! ただ綺麗で恩恵を与えてくれるだけではない川の危険性を、Q&Aで徹底的に伝えています。
まずは「 Q1.岐阜県内の河川で、安全に泳げる場所はありますか? 」という問いに、「 A1.河川は、おだやかな見た目に反して、非常に危険な場所です。 」と、実際の事故のリスクや死者数のわかるリンクを複数表示。その後も川で気軽に遊べる方法を模索する質問に、絶対に甘く見てはいけないと様々なシチュエーション別の危険性を伝える回答が続きます。
特筆すべきは、「Q77」。
「 Q77.Q1の回答を読んで、安全に遊べる川はありません、という建前は分かりました。でも、本当は、安全に遊べる穴場があるのではないですか。自己責任で遊びますので、安全に遊べる穴場を教えてください。 」という食い下がりに、「 A77.川には、安全に遊べる穴場というものはありません。安全に遊べる川は『ありません』というQ1の回答は、建前ではなく、事実です。 」と、さらにとことん丁寧に詳細に危険を伝えています。
「Q106」で外国の方向けの多言語仕様の水難事故防止チラシを県が作成し、必要を感じた人が自由に配布できるようダウンロード可能になっていることも良いなと思っていたのですが、この原稿を執筆するにあたり見直したら「Q107」まで増えていました。
自分は大丈夫。なんとかなるんじゃない? ライフジャケット暑いなぁ。そんな大袈裟な……。つい甘く考えてしまわないよう、私も川を愛する身として再度心に刻もうと思います。皆様も秋のレジャーの際はどうぞお気をつけて。(なぜ岐阜県がここまで徹底しているのか、気になった方は木曽三川の成り立ちから調べてみてください。犠牲の上に培われた学びの根は深いのだと感じます。)
今年最後の釣行で向かった山では葛の花をよく見かけ、風が吹く度に紫の花殻が落ちてきました。フィンランドでは紅葉も進み、オーロラの始まる時期でもあるそうです。
葛の花
ムーミンたちもベリーやキノコ狩りをしているでしょうか。
最近のニュースを鑑みてややお堅くなってしまった今回ですが、次回10月はムーミン一家の遊び心を堪能しましょう!
美村里江さん(俳優/エッセイスト)
2003年にドラマ「ビギナー」で主演デビュー。ドラマ・映画・舞台・CMなど幅広く活躍。読書家としても知られ、新聞や雑誌などでエッセイや書評の執筆活動も行い、複数のコラムを連載中。近著には初の歌集「たん・たんか・たん」(青土社)がある。2018年3月、「ミムラ」から改名。