香りめでたく|美村里江さんのムーミンコラム♯7
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すん、すん、すん……
10月になると外出の度にそろそろ“あの香り”がしてこないか、嗅覚をフル稼働してしまいます。きっと読者の皆さんにもお仲間がたくさんいらっしゃるでしょう、大好きな金木犀の開花を待ち侘びているからです。

オレンジ色の花が特徴の金木犀。強い芳香を放つ
いざ咲いた!となったらもう有頂天。
記憶している「近所の金木犀マップ」に沿って、時間さえあれば徘徊します。近所の公園や学校、住宅地のお庭から、香り成分を存分に吸収。この時期は天候や気温の変動も多いですが、その中で変わっていく香りもまた楽しみのひとつです。
一方で、消臭目的で厠の側に植えられていた歴史から、一昔前の芳香剤も金木犀に似せた香りで作られておりました。それが元でお手洗いを連想してしまう、という方もいらっしゃいますね。そんな方におすすめしたい“対のお花”があります。
それは「銀木犀」。

銀木犀の花は白に近い淡い黄色でほのかな芳香がある
言葉で表すのは難しいですが、金木犀よりもおだやかで桃に近い香りといいましょうか。単純に数が少なく、象牙色の花も控えめなので発見しにくいかもしれませんが、見つけたらぜひ違いを感じてみてください。(ちなみにモクセイ科は雌雄異株であり、日本に流通しているものは雄株ばかりなので実も生りません。金と銀のハイブリット、青銅木犀なんてあったらいいのになぁと夢見たり。)
そんなモクセイ科への私の熱い想いとは裏腹に、「寒い」と感じる日も増えてまいりました。
先日急に冷え込んだ日にデパートへ買い物に行ったところ、エレベーターで乗り合わせた15人ほどのうち、6階まで上がる間に「……はぁ」「……ふぅ」と溜息が6人分。こっそりお顔を拝見してみると、眉根を寄せている方も多く……。
なんとなく憂鬱な気持ちになってしまう方も多い時期と聞きます。急な寒さに体の対応が間に合っていないことを発端に、あったかいお風呂に入ったり、具沢山のシチューを食べたりするだけでは晴れない場合、どうすれば……。
そんな時はぜひ、ムーミン一家の『ふしぎなごっこ遊び』の流儀を真似してみてください。

ムーミン・コミックス「ふしぎなごっこ遊び」より
特にこの3コマのムーミンママの言葉は、家事をこなしている人は楽しめる台詞だと思います。
「料理だってわくわくしますよ…遭難してるつもりになればね!」
「たまの大そうじには埃を大爆発の煙と考えたり、大地震がおきたフリをするんです!」
「庭だってジャングルだと思ったほうが楽しいわ 迷子にもなれるわけだしね」
ムーミンママは家事をなんでも上手にこなし、家を居心地良く整える達人のように描かれることも多いので少し異質ではあるのですが、私はムーミン・コミックスの中でもこの話が大好きです。
ムーミン屋敷の隣に越してきた自称「家事のプロ」のフィリフヨンカが、「ごっこ遊び」だらけのムーミン一家に呆れていく序盤。このあたりが特に楽しいのは、私が「ごっこ遊び」を生業にしているといってもいい、役者であるからでしょうか。
それを差し引いても、生活って(特にほぼ自分と家族にしか影響しない家事は)もう少しゆるくて大丈夫だよなぁと最近特に思います。
例えば連日買い物に行けず、残り物による茶色い謎丼の夕飯でも「シェフとしての自分のクリエイティビティーを極限下で試した一品」としたり、「〆切を勘違いして急いで仕上げるも、メイクも落とさず行き倒れたエッセイストごっこ」など。
「という遊び(またはゲーム)に参加しているんだ」と思うと、理想とかけ離れた家事や自分を重く感じず、「さ、次行ってみよ〜」と暮らしの歩みを進められる気がします。
また、この物語は後半も素敵なのです。
フィリフヨンカの影響でお手伝いさんを募集したムーミン屋敷にやってきた「ミーサ」。怖がりで、自己肯定感が低く、自分は常に誰かに疎まれ、世界は自分を攻撃してくるもの、と悲観的です。
そのミーサがだんだんとムーミン一家のなんでも楽しむ「ごっこ遊び」、深い意味もなく何かの「フリ」をする様子に振り回されるうち、頑なだった心が動き始めます
そしてスノークのお嬢さんの後押しで、心が伴わなくとも「いいお天気ね! ああわたしってサイコー!」と言ってみたり、「思い切ったこと」として嘘の自白をしてみたり。さらに弾みがついて「いい?自信をもって 明るくさりげなく! たまにはフリをするのも必要なのよ」というスノークのお嬢さんの励ましで、最大の障壁だった姉の前で自信たっぷりの一角の人を演じきり、ついに「もう なんにも怖くない!」と満面の笑顔に。

ムーミン・コミックス「ふしぎなごっこ遊び」より
あまりの喜びで逆立ちするミーサがとってもかわいい。(「#4大輪の夏と」でご紹介した小説『ムーミン谷の夏まつり』のフィリフヨンカと同じ、自ら殻を打ち破った興奮です。)
今の状態は一度脇に置いておいて、言葉や振る舞いで自分の理想像を掲げていくと、いつしかそこに実像が追いつくということは現実にあり得ることと思えます。「ごっこ遊び」はそれを容易くしてくれるかもしれません。
寒さや忙しさで少し疲れ、睡眠や食事でもあまり回復できなかったら、「ごっこ遊び」や「何かのフリ」を試してみてはいかがでしょうか。
金木犀の香りはもう終わっていく地域も多いですが、他にも春のイメージのジンチョウゲや、初夏のイメージのクチナシも、秋咲きの品種があると最近知りました。まだまだ香りの楽しめそうな秋、ぜひ外出の際には嗅覚を働かせてみてください。
春によく咲くガーベラも、夏の盛りは避けつつ秋にもう一度見頃を迎えるそうで、そういえばキク科でしたね。

春と秋の2度、開花を楽しめるガーベラ
来月もバラエティー豊かなキク科についてのお話を少し。そして、私が小説で最も好きな作品『ムーミン谷の十一月』をご紹介します。ムーミン一家不在のムーミン谷で、一体何が起きるのか?
一緒に覗いてみましょう。
美村里江さん(俳優/エッセイスト)

2003年にドラマ「ビギナー」で主演デビュー。ドラマ・映画・舞台・CMなど幅広く活躍。読書家としても知られ、新聞や雑誌などでエッセイや書評の執筆活動も行い、複数のコラムを連載中。近著には初の歌集「たん・たんか・たん」(青土社)がある。2018年3月、「ミムラ」から改名。









































