扉を開けて|美村里江さんのムーミンコラム♯12(最終回)
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先日仕事で飛行機に乗り、窓から景色を楽しみました。
まるで龍の背中のような山々。冬を耐え抜いた針葉樹に加え、広葉樹も芽吹いてきてグリーンのバリエーションが美しく……。国土に対する森林面積の割合の多さ、先進国世界3位(※)の日本を感じました。(1位はフィンランド、2位はスウェーデンです。)
※データ出典:林野庁、国連食糧農業機関(FAO)
そんな緑の隙間に、ほのかに白いもの。咲きたての桜(ソメイヨシノ)かな、と目を凝らしつつ。これからの時期は野生種のヤマザクラも楽しみですね。葉もほぼ同時に出るので、また味わいが違います。

ヤマザクラは花と葉がほぼ同時にでる。山に咲く原種の桜
「桜(ソメイヨシノ)は日本の公式な国花ではない」と知った時、ちょっと驚きました。では菊が?と思いきや、それも違うそうで。あくまで法で定まっていないという話ですが、国民の心には桜も菊もしっかり根を張っていると思うので、自然を愛する国柄としてはなかなか不思議です。
一方で、国花を同じくする国もあり、特にバラはたくさんの国が国花に指定しています。これからの季節、北半球では品種の差こそあれど、どの国でも美しく咲いて、その土地の人の心を慰めることでしょう。

さまざまな国の国花であるバラ
少々きな臭い話になってしまうのですが。接地している国境範囲などからも日本と比較されるフィンランドは、3月に現行法を改正、とある兵器の国内への持ち込みを容認ーー。刻一刻変化していく世界情勢の中でも、このニュースを見た時が一番ハッとしました。
フィンランドには「SISU」という言葉があるそうです。
「困難な状況でも諦めず、自分を信じて、勇気と強い意志で立ち向かう精神力」のこと。いわば「フィンランド魂」でしょうか。
日本にも「大和魂」があります。
やや感性的な話に偏ってしまうので、行動面を(物騒な階級社会の陰は差し引いて)「武士道」からスライドしてくると、「SISU」に通じる日本の精神を感じます。
一部ではシャイで内向的な性格の類似性を指摘される、フィンランド人と日本人。激動の時代の中、この先どうなっていくのか……。
……と、沈んでも、いいことはありません!
こんな時こそ物語、トーベ・ヤンソンの世界に飛び込みましょう。
今回の作品は『ムーミンパパの思い出』。「なぜかパパだけ、名指しタイトルが2冊も」という不平等感を打ち破ってのご紹介です。

小説「ムーミンパパの思い出」より
物語は、ひどい風邪をひいて寝込んだムーミンパパが、もう自分は死ぬんじゃないかと心配してムーミン、スニフ、スナフキンをベッドへ呼び、遺言のようにこんなことを告げてはじまります。
「おまえたち、本物の冒険家として、生きるのだよ。それをけっしてわすれてはならないよ」
パパったら相変わらず大袈裟な……、と思いきや、回復したパパが自分の青春時代の「思い出の記」を綴り、それをムーミンたちに聞かせていく内容に一緒に耳を澄ましていくと、本当に波乱万丈の大冒険なのです。
親や親族に限らず、目の前にいる大人が若かった(自分と同じくらいの)頃の話って、とてもワクワクしますよね。思い出話、といえば簡単ですが、「時間を遡る」わけで、究極のファンタジーともいえます。多くの児童文学や小説で愛されてきたスタイルでもあり、トーベ・ヤンソンの筆も序盤から踊っています。
「ムーミンみなし子ホーム」から始まる冒険譚は、スナフキンの父ヨクサル、スニフの父ロッドユールも登場しますから、やいやい口を挟みながらも、皆どんどん夢中になっていきます。
風変わりな竜と戦って、嵐で辿りついた島で愉快な王さまに会ったかと思えば、おばけと同居、かと思ったら深海に潜って……。
それはもう冒険感に溢れるお話ばかりなのですが、私が読み返し中にいつも手を止めるのは、序盤の部分。ムーミンパパが仲間に会う前に、一人で辿りついた「美しい場所」での行動です。
(この場所は、だれのものでもなくて、みんなのもの。するとぼくの場所でもあるんだな。さてなにをしようか)
その場で若きムーミンパパが砂地に描き出したのは、自分で建てる家。私たち読者がよく知る、あの「ムーミンやしき」です。これが神秘的な速さで仕上がったことに、パパ自身も驚きます。

小説「ムーミンパパの思い出」より
お馴染みの自画自賛ぶりは笑えるのですが、こうしたことは最近の科学でも証明されています。いろいろ言い方は変わって今は「ジャーナリング」でしょうか。とにかく、頭の中にあることを書き出すと、実現しやすくなる。思考の言語化、と定義することも多いようですが、具体的な絵でも同じ効果がありそうです。
みなし子であったムーミンパパは、機能的で居心地の良い家を具体的に描くことで、そこに住まう未来の家族のことも考えていたのかもしれません。「ムーミン一家」の物語のスタートは、このパパの描いた素晴らしい家の絵だったのです。
「愛する読者のみなさん、おわかりですよね。わたしは、どんな家を建てようかと夢中で考えているうちに、本当にもう家ができあがったものと思いこんでしまったのですよ。まちがいなく、とても強烈な想像力ですよね。この力が将来わたしの、さらにはまわりのみんなの人生に影響をおよぼすことになるんです。」
他の物語を知っているとここでも笑ってしまうんですが、ひとえにムーミンパパの想いの強さが、ムーミンやしきとそこに住まう優しいママ、そしてかわいい息子のムーミントロールを現実にしたのだと感じます。
それは物語の最後にも通じ、トーベが「エピローグ」として追加した部分にも現れます。
ロマンチックなムーミンパパの壮大な物語(創作込み)とも思えた「思い出の記」の世界が、現実に繋がり、青春の旅路を共に歩んだ懐かしい友たちが集まる、この上なくハッピーな絵柄で終わります。

小説「ムーミンパパの思い出」より
子どもと大人では少し異なってくる「冒険」の意味を、どちらも逃さず大きく包み込んだこのラストの素晴らしさ。幅広い年代の方に味わっていただきたい物語です。私もまた10年後、20年後、変わってくるだろう読後感を、今から楽しみにしております。
さて、お名残惜しいですが、私のムーミン愛と植物愛を込めた全12回。それぞれのタイトルを決めた日が、とても懐かしいです。実は12回でぐるりと一周するように作りました。
春を迎えて 緑の中へ
雨と遊んで 夏へ進もう
大輪の夏と 川は流れて
香りめでたく 北風を追って 佇む聖夜
白妙の雪を 誰かがノック
扉を開けて (……また春を迎えて、季節は巡ります)
人生でコントロールできることは少なく、自分自身を変えることも、そう簡単にはいきません。それでも、何を人生の中心に置いて、何を大事にしたいか。そして、どんな冒険(≒生き方)をしていくか。自分と相談し直すことは、いつでもできます。(ムーミンパパのように、砂地に描いてみるのもいいですね。)
「次はどんな植物を育てようかな」と先々の季節を楽しみに思える、おおらかな日々が続くように願いを込めて。小説『ムーミンパパの思い出』の最後のフレーズであり、とびきり勇気の出る言葉を添えて、お別れしましょう。
「あらたな扉の先には、おどろくような可能性の世界が広がっています。だれだって、あたらしい日が始まります。そう、ためらわなければ、どんなことでも起こりうるのです!」
(小説「ムーミンパパの思い出」エピローグより)

小説「ムーミンパパの思い出」より
編集部より
「ムーミンに関するコラムをお願いしたいんです。できれば自然や植物を絡めたテーマで……」。
そんなぼんやりとしたお願いを快く引き受けていただいた美村さん。1年間の連載本当にありがとうございました。各回のタイトルをつなげると、一つの美しい詩のようになるーー毎回のタイトルにこんな仕掛けが隠されていたとは!
今回の冒頭にもあるようにきな臭い話題も多い昨今ですが、植物や自然を身近に感じ、家族や友人を大切にしながら、自分自身の軸を見つけていくこと。時には自身の殻を思い切って破り、感じるままに振る舞うこと。自然の恵みも脅威もおおらかな心で受け止めていくこと。そんな姿勢がトーベが思い描いた世界に近づくためのヒントになるのかな?と考えるきっかけをくれた連載でした。
美村さん、改めて素敵なコラムをありがとうございました!
美村里江さん(俳優/エッセイスト)

2003年にドラマ「ビギナー」で主演デビュー。ドラマ・映画・舞台・CMなど幅広く活躍。読書家としても知られ、新聞や雑誌などでエッセイや書評の執筆活動も行い、複数のコラムを連載中。近著には初の歌集「たん・たんか・たん」(青土社)がある。2018年3月、「ミムラ」から改名。







































