片栗粉の原料ではなくなった? 山野草|山下智道の日本の暮らしと身近な野草⑥
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野草研究家の山下智道さんに、日本で脈々と受け継がれてきた野草の使い方を連載形式で紹介いただきます。身近に見かける野草を、改めて見直してみませんか?
スプリング・エフェメラルの人気者『カタクリ』
カタクリ粉の原料は、いったいどういう植物なのだろうか?
植物に少し詳しい方なら、「カタクリ粉」の文字にヒントが潜んでいることにお気づきだろう。そう、カタクリである。
「カタクリ(Erythronium japonicum Decne.)」は、ユリ科カタクリ属に属する多年草。カタクリ属 (Erythronium L.)は、ユーラシア大陸の大陸温帯域に4種、北米大陸に20種があるとされる。近年、オープンガーデンなどでガーデナーたちがこぞって植えているのが「キバナカタクリ(Erythronium grandiflorum Pursh.)」である。アメリカやカナダ南部の亜高山帯に分布し、大輪でエネルギッシュなビタミンカラーの花を咲かせる、栽培も意外と簡単で近年よく見かける。

キバナカタクリ
カタクリの花はセツブンソウやニリンソウなんかみたいにスプリング・エフェメラルとして山野草愛好家にとってアイドルのような存在である。スプリング・エフェメラルとは、春先に花をつけ、夏まで葉をつけると、あとは地下で過ごす一連の草花の総称だ。春の短い命、その一瞬の儚い美しさを例えている。
数ある春のアイドルの中でも、カタクリは絶大な人気を誇る。愛好家が多く、カタクリの花だけを見に行くツアーがあるほど人気の山野草である。
カタクリの語源は?
カタクリの語源は、地下茎の鱗茎(りんけい)の姿が栗の片割れに似ていることから、「片栗」の意味で名づけられた。
古くは堅香子(かたかご)と呼ばれた。花が「傾いた籠状の花」のように見えることから「カタカゴ」と呼ばれたことに由来する。万葉集に『もののふの八十娘子らが汲み乱ふ寺井の上の堅香子の花』とあり、大伴家持(おおとものやかもち)が詠んだ歌として有名である。水を汲むの大勢の娘子たちが入り乱れて賑やかに水を汲んでいる情景を詠っている。
カタクリの愛らしいビジュアルは、古来からさまざまな人の心を和ませた。雪解けから満ち溢れる春のエネルギーを感じてきたのだろう。
幼き日に心救われたカタクリの群生
話しはかなりそれてしまうが、私がまだ5歳か6歳の頃、両親がなんらかの理由で大喧嘩をし、妹は母親が博多へ連れ去り、私は父親と泣く泣くなぜか山口県へ連れ去られたことをめちゃくちゃ鮮明に覚えている。
小さいながらにこの先の不安に飲み込まれそうだった。しかし、父親が『智くん、来てごらん、可愛いカタクリの花が咲いてるよ!』と、いつも以上に無理した笑顔で車の中で泣く私を呼んだ。テンションがた落ちの中、人気がない深山の斜面を見てみるとカタクリの中が一面埋めつくしていた。それを見た瞬間、悲しみや不安など一瞬でどこかに消えていった。

カタクリの群生
薄紫に染まるカタクリの斜面はまさに楽園だった。本当に心の底から感動した。それぐらいカタクリには人の心を惹き付ける何かがあるのだと思う。
希少になったカタクリ

しかしこのカタクリ、今では希少な山野草になってしまった。カタクリ粉に使用されるぐらいだから、昔はかなり一般的な山野草だったのだろう。しかし、現在では心無い植物愛好家や収集家達がカタクリを乱獲するという残念なニュースをよく目にする。
見た目の愛らしさ以外にも、東北地方ではうまい山菜として有名で、古来から開花する前のしなやかなカタクリはお浸しなどで食されていたから尚更だ。山菜好きのターゲットともなり、近年ではカタクリは減少傾向にあるとされている。
カタクリは種をまいて花が咲くまで7~8年かかるといわれている。正式には鱗茎とよばれる球根は発芽してから毎年少しずつ成長し、7~8年かけて花が咲くまでに育つ。褐色の種はアリの蛹に似ていて、片端にはアリが好むエライオソームとよばれるものがついており、アリによって種があちこちに運ばれる仕組みだ。その生態からしても、なおさら貴重な植物である。
カタクリはどのように片栗粉になる?
カタクリはどのようにして、片栗粉に加工されるのだろうか?
カタクリからの片栗粉製造は、江戸時代が最も盛んだったとされ、食用だけでなく、消化が良いことから病後の滋養薬としても使われた。お湯に溶かして薬用目的で飲ませていたともいわれている。しかし、カタクリから作られるでん粉はとても少量であったため、原料となるカタクリが多く採取されたことで江戸時代末期には激減してしまったともされている。
【片栗粉の作り方】
1. カタクリの鱗茎を石臼に入れて、棒などで押しつぶし布袋へ入れる。
2.水洗いして沈んだでんぷんをかき集める。
3.でんぷんが白くなるまで何度も水を換え、それを板に薄く伸ばしてパリパリに乾燥させたら完成。
江戸時代には、大和の宇陀の片栗粉が非常に有名で幕府に献上され、一般庶民は決して口にすることが出来ない超高級品だった。確かにこの手間暇かかる工程で作られた本片栗粉は、時間と人件費を考えたらとても貴重だ。それもあり、古来からの本片栗粉の製造、伝統はことごとく途絶えてしまった。
現在の片栗粉の原料は?
それでは現在、スーパーやデパートなどで販売している片栗粉は一体どのようにできているのだろうか。
実は市場に流通している多くの片栗粉はジャガイモまたはトウモロコシから製造されている。明治以降、北海道開拓が進みジャガイモが大量栽培されるようになると、片栗粉の原料はジャガイモに切り替わっていった。

現在の片栗粉の主原料はジャガイモやトウモロコシ
ちなみに、片栗粉と小麦粉はどのような異なる性質を持つのだろか?
小麦粉の主成分はでんぷんで、グルテンというたんぱく質を含む。片栗粉の主成分もでんぷんだが、小麦粉に比べてたんぱく質をほとんど含まない。そのため、小麦粉はグルテンのため、水を加えて混ぜると粘り気が出る。また、小麦粉は小麦の香りがあるが、片栗粉はほとんど香りがなく、料理の味を邪魔しないことも特徴だ。
片栗粉は水と熱を加えることで強いとろみがつく性質がある。粘度が増してのり状になることを糊化(コカ)といい、小麦粉も熱を加えることで糊化するが、小麦粉は約90℃で糊化するのに対して、片栗粉は約60℃と低温で糊化することが特徴。
調理での使用感も小麦粉と片栗粉では全く違う。竜田揚げを想像してもわかる通り、片栗粉を揚げ物の衣に使用するとカリッとした軽めの仕上がりになり、冷めてもベタつかないという利点がある。一方小麦粉を使用した唐揚げは衣がサクサクとして中はやわらかめの食感に仕上がる。
小麦とカタクリ(現在ではジャガイモ)。原料の植物が違えばこうも性質が変わってくる。暮らしに溶け込む植物学、実に面白い。

野草研究家 山下智道
生薬・漢方愛好家の祖父の影響や登山家の父の影響により、幼少から植物に親しみ、卓越した植物の知識を身につける。現在では植物に関する広範囲で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会、ワークショップ、薬草ガーデンのプロデュース、ハーブやスパイスを使用したブランディング等、その活動は多岐にわたる。TV出演・著書・雑誌掲載等多数。







































