緑の中へ|美村里江さんのムーミンコラム♯2
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美村里江さん(俳優/エッセイスト)
2003年にドラマ「ビギナー」で主演デビュー。ドラマ・映画・舞台・CMなど幅広く活躍。読書家としても知られ、新聞や雑誌などでエッセイや書評の執筆活動も行い、複数のコラムを連載中。近著には初の歌集「たん・たんか・たん」(青土社)がある。2018年3月、「ミムラ」から改名。
ワクワクの正体は・・・
桜が散ってしまった……、と思ったら藤棚から花房がたっぷりと垂れ、ピンクや白のサツキが植え込みを染め上げていき、気づけばふくよかなジャスミンの香りまで風に乗ってきて……。
花々が競い合うように一気に開花を迎えた5月。寒暖差で意外と体が冷えてしまったり、急な夏日の到来でのぼせたり、体内も忙しない感じですね。街では咳をしている人も多かった印象ですが、皆様お加減いかがでしょうか。
体温が定まりにくいこうした春先(と秋口)は、コンディションを乱さぬよう私もいつも以上に注意して過ごしています。というのも、実は役者がパフォーマンスする際、例えば泣く芝居を台本や監督の指示で実行するには、涙の原料となる「血」、つまり血流の安定も重要なんです。体調管理で季節の波を乗りこなすところから、実は仕事がはじまっていると言えますね。
さて、今回は年明けの「ある発見」について共有させてください。特定のCMを目にすると、妙に胸が高鳴ることに気がつきました。20代半ばくらいの男性が、陽光降り注ぐおしゃれな部屋で身支度をして出かける、というもの。
嗚呼ついに来たかと、私は天を仰ぎました。
中年期に入ると急に若い子を応援したくなってしまうという現象。ある漫画家は「過ぎ去った青春の再来」と表現し、ある作家は「持て余した母性の第二形態」と……。仲間入りを覚悟してその男性について調べ始めたのですが、他の写真や動画には何も感じない。それどころか別人の動画や雑誌の写真にも胸が高鳴ることを発見し、はて、これは……?
実は、私の胸を高鳴らせていたのは登場人物ではなく、部屋のあちこちに置かれた、たくさんの植物たちでした。< まるでジャングルのような緑いっぱいの部屋で暮らしたい >という、頭では忘れてしまっていた子どもの頃からの夢を、心の方がしぶとく覚えていて、CMの部屋を見る度にワクワクしていたのです。
そして、そんな理想の原点こそ、私の初・ムーミン小説体験でもあった『たのしいムーミン一家』の一場面でした。ご覧ください、植物にうずもれた、この楽しそうな部屋を!
小説『たのしいムーミン一家』ムーミン全集[新版] /作・絵:トーベ・ヤンソン 訳:山室 静 講談社 刊より
物を入れると不思議なことが起こる「魔物のぼうし」に、お昼寝前のムーミンママが「ヘムレンさんが取ってきたシダの葉をまるめて、うっかり」捨ててしまい、ぼうしの中から急成長したつる草によってジャングルと化したムーミンやしき。日本にも自生するヤシ科のシュロ、グースベリーにバナナにりんご。黄色い実、なしみたいな実、青いプラムのような実など、正体不明の植物もたくさん! 椅子の背を貫く、つくし的なものも気になりますねぇ。
シュロ
グースベリー(西洋スグリ)
ムーミンたちはターザンごっこに興じ、(私見ですが)普段は少しお堅く見えるスノークまで、オレンジの皮で作った歯をはめて怪物役を楽しんでいます。作者のトーベ・ヤンソンが「(どうやって作るのかは、お母さんに聞いてね。)」と注釈を入れているので、結構よくある遊び方なんでしょうか。
小説3作目にあたる本作は、たっぷりのファンタジー要素で構成されております。ひょうの頭ほどもある大きなルビーの王さま、そのルビーを自分たちの物にしたトフスラン・ビフスラン夫婦、それを追ってムーミン谷へ襲来するモラン。黒ひょうに乗って月まで飛び回る飛行おに、ムーミンたちの乗った船を引いて泳ぐほど巨大な魚マメルク……。雪国における南国系ジャングルの発生というのも、ファンタジー色が強いですよね。
戦争の影響からか、ややハードな印象もある1、2作目。その後2年を経て刊行された本作の背景を知ると、読者を楽しませたいトーベの想いが、この非日常的なジャングルを誕生させたようにも感じられます。
皆さんが子どものころ夢見ていたお部屋は?
さて日常に戻りまして、皆さんの「理想のお部屋」はどんな感じでしょう。大人になった今の理想と、子どもの頃夢見ていた部屋は、どこかでリンクしていますか?
私も人並みに観葉植物を育ててきまして、サボテンをはじめとする多肉植物や季節ごとのお花も大好きなんですが、やはりこのムーミンやしきのイラスト通り、< まるでジャングルのような緑いっぱいの部屋で暮らしたい >。理想は葉っぱ主体で……(以下妄想爆発、恐れ入ります)。
大好きな羊歯類の「リュウビンタイ」を、特別大きな鉢で中心に。その上に、原産地では樹高30mになるマカダミアンナッツの親戚「ステノカーパス・シヌアタス」が茂るようにして、シンボルツリーにしたいですね。名前の通りワニっぽくカッコイイ「クロコダイルファーン」もあったらジャングル感が増しそう。「アカシア」のブルーブッシュもいいなぁ。「ゴムの木」や「クッカバラ」など丈夫な植物たちも入れて、「ポトス」や「モンステラ」、「オリヅルラン」あたりでどんどん鉢を増やして……。
CMの部屋からムーミンの思い出を通って、子どもの頃の私と今の自分がハイタッチした現在。小さい私が見ていた夢を、大きな私が叶えてやろうということで、植物たちを迎える下準備として家中を断捨離中です。性質を学びながら少しずつ増やしていく予定なので、緑にうずもれるまでは時間が必要ですが、とても大事な楽しい約束を思い出したように心は明るく、連日晴天の心地で過ごしております。
いわゆる5月病の話題も飛び交うこの時期、もし心に曇りを感じたら、いつもより少し丁寧にご自分の体をチェックして、お昼寝などいかがでしょう。(前述のママに限らず、ムーミン谷の面々はよくお昼寝します。)そして、私にとっての「ジャングルムーミンやしき」のような、子どもの頃憧れたもの、夢見た風景を思い起こしてみてください。長年忘れていた“何か”に再会し、心に爽やかな風が吹いてくるかもしれません。
次回6月は、梅雨の楽しみについて。