「遊べる花屋」麻野間達矢さん|植物農家である強みをベースに、仕事と遊びの境目をなくすチャレンジ
LOVEGREEN編集部
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達矢さんが2代目となる麻野間園芸がハウスを構えるのは、花の生産額日本一の愛知県。とはいえ、農場がある設楽町は、約9割を山林が占める山間部に位置し、周辺は見渡す限り山が広がる小さな集落。野菜も含めた農家の数は2005年の843軒(旧津具村を含む)から154軒に減り、なかでも植物農家は11戸※と、減少の一途を辿っています。
そんななか、集落に突如誕生したのが、麻野間さんの「遊べる花屋」です。植物農家さんが始めた直売所?いえいえ、ここはマイナスを逆転の発想でプラスに変える、人生を本気で「遊ぶ」花屋さんなのでした。「遊べる花屋」をオープンするまでの達矢さんのボタニカルな歩み、そして今後の展望について、じっくりと伺いました。
※農林水産省統計情報より
目次
- プロフィール
- 本気で植物農家になる気はなかった20代
- オリジナル植物の重要さを実感した園芸店時代
- 海外で活躍する育種家との出会いが転機に
- 仕事と遊びの境目をなくしたい
- 僕は、植物生産だけをする農家にはなれない
- 植物の敷居を下げて、間口を広げるために
- 10年後何をやっているか分からないほうが楽しい
プロフィール
■名前: 麻野間 達矢(あさのま たつや)
■職業 : 植物農家(麻野間園芸)/「遊べる花屋」オーナー
■出身地: 愛知県設楽町
■居住地: 愛知県設楽町
■ボタニカル歴: 幼少期から
本気で植物農家になる気はなかった20代
もともと、祖父が今の土地に移住してキャベツなどの生産を開始し、花好きだった父がシクラメンの生産を本格的に始めました。当時はガーデニングブームで、花も作れば売れるという時代だったのもあり、その時に生産ハウスなどの設備も一気に拡大しました。
僕はというと、学生時代は、将来について何も考えていなくて(笑)
高校を卒業した後、特にやりたいこともないけれど、身体を動かすことは好きだったので、「いつか農家を継ぐかもしれないし…」ぐらいの気持ちで、愛知にある2年間全寮制の農業大学に入りました。今思えば、本当にけしからん動機ですね(笑)。
農業大学も卒業を控えて、オランダの農業研修に行く予定だったのですが、最終面接でその研修に行けないことになり…。さてどうしようかな?と。
達矢さんが今年オープンした「遊べる花屋」には、植物農家を軸にしたアイデアや構想が詰まっている
当時は「海外でいろいろなことに触れたい!体験したい!」という気持ちが強く、1年間カナダにワーキングホリデーに行くことにしました。好奇心だけは人一倍強かったんです。
帰国して、いよいよ農家になるために将来をちゃんと考えないといけなくなったわけですが、当時は農家を継ぐ前に、花市場に一度就職するのが一般的でした。そこで植物の流通などを学ぶのですが、自分は直感的に「流通よりも、売り方を学ばなければならない」と感じて。
それで東京の有名店オザキフラワーパークに、研修生として3年間務めました。
オリジナル植物の重要さを実感した園芸店時代
オザキフラワーパークでは、いろいろなことが経験できました。やりたいことをやらせてくれるし、逆に自分が動かなければ、何も仕事がない環境。
そこで好奇心が強い自分は、市場の仕入れにも勝手についていったりするんです。市場で植物の流れを見ていると「限定品」や「オリジナル品種」と冠のついた植物は、通常の2倍ぐらい高い値段でも売れていく。
それを見て、「これからの植物農家は、自分で育種したオリジナルの植物を持つことが重要だ」と感じ、次は育種を学ぼうと思い至りました。
この頃には、植物自体への興味はもちろん、植物をどう世の中に広めて、農家としての立ち位置をつくっていくか?というビジネス面も真剣に考えるようになっていました。
海外で活躍する育種家との出会いが転機に
「さあ!育種を勉強しよう!」と意気込むわけですが、日本で育種の勉強をするとなると、四季があり開花時期が限られているので、交配ができる時期が1~2か月と限られてしまう。
僕は、育種を短期間で集中して学びたかったので、それは効率が悪いなと思っていた時に、学生の時に知り合った有名な育種家・西川公一郎さんが、育種のためエクアドルに行くと耳にしました。
エクアドルは赤道直下で1年中春のような気候なので、日本で年1回しかできない交配が4回も5回もできるのです。
エクアドルで育種を学んでいた頃
すぐに西川さんに連絡をとって「僕も育種を学びたいんです!」とエクアドル行きを決めました。
エクアドルでは、育種を学べたのはもちろん、育種した品種をどう世界に広めていくか、ワールドワイドな商品づくりやマーケティングを学ぶことができ、今でも貴重な財産になっています。
アンデス山脈の高山植物を探すバックパッカーの旅へ
スペイン語もだいぶ分かってきた頃に1年間のビザが切れることになり、どうせなら、このまま南米を見て回ろうと、ペルーやボリビア、ブラジル、パラグアイなど、アンデス山脈の周辺の高山植物を見て回るバックパッカーの旅に出ました。
西川さんに「こんなところでこんな植物が咲いています」といった情報を提供すると、いくらかのお金をいただけて、それを旅の資金に(笑)。
今考えても、とても贅沢な経験だったと思います。
バックパッカーの旅で出会った巨大葉のグンネラ
旅の中で、「グンネラ」という葉の大きさが2mほどにもなる巨大な植物とも出会いました。その時に「こういった植物なら、植物に関心がない人でも、興味をもってくれたりするかもしれないな」と感じ、農家になった時には、そうした興味の入り口になる植物を生産したいと考えるようになりました。
農家人生の転機を与えてくれた育種家の西川さん(写真右)とともに
ちなみに今年から、自分が育種したアジュカやセダムが海外で販売されることが決まっています。海外での展開は西川さんがパートナーになってアシストしてくれます。
植物生産の収益だけではなく、品種のパテント代が収益として入ってくるので、経営の柱をひとつ増やすことができます。
そうしたベース収益をもとに今、やりたいことをひとつずつ実現している最中です。
仕事と遊びの境目をなくしたい
カフェや子どもが遊べる遊具も併設した「遊べる花屋」。周囲を山に囲まれた自然豊かなロケーションは、家族連れが遊びにいくのにうってつけ
そのひとつが、生産ハウスの向かいに今年オープンした「遊べる花屋」です。
きっかけになったのは、「自分が楽しく仕事をしたい」「仕事と遊びの境目をなくしていきたい」という気持ち。
農家って休みがないイメージがありますが、本当にその通りで。一年中休めないので、家族旅行も行けないし、自分で区切りをつけないと、どれだけでも働いてしまう。
子どもができたことも大きいです。
家族との時間を確保したいけれど、農場も離れられない。だったら、家族と過ごす時間と、仕事の時間の境目をなくしていけばいいんじゃないか?と真剣に考えるようになりました。
動画制作/浅岡 宏明
「遊べる花屋」は名前通り、ただ植物を売っているだけでなく、カフェがあったり、子どもたちが遊べる遊具や、くつろげるテラスがあったりと、親子連れで遊んだり、ワンちゃんと過ごしたり、いろいろな目的で来ていただけるような空間になっています。今も現在進行形で広げている途中です。
カフェは、飲食店勤務の経験がある奥さんが担当してくれて、僕は向かいの生産ハウスとを行ったり来たり。
こういう形なら、子どもと遊んだり、家族との時間を確保しながらでも、植物農家としてやっていけるんじゃないかと。
僕は、植物生産だけをする農家にはなれない
若い頃は、農家としてちゃんとお金を稼ぎたいという気持ちが大きかったんです。
もちろん今も経営として収益を出すことは大事ですが、植物の生産だけでたくさんお金を稼ぐためには、多くの人を雇い、大規模生産をして、大手のチェーン店と契約をするなど、ある程度営利的なことをしなければならない。
その考えがだんだんと変わってきて。
今はお金も大切ですが、それよりも人生の大半の時間を費やす農家の仕事をどう楽しむかが、自分の中で最優先になっています。そのためにも、生産専業の農家ではなく、自分の領域をもっと広げていきたいと考えています。
同年代や少し先輩の植物農家で、面白いことをやっている仲間と出会えたことや、南米の人たちがみんな楽しみながら仕事をしている姿を目にしたこと。そういう生き方に触れた経験が大きな後押しになりました。
経営と楽しさのバランスをとりながら
もちろん、経営の面も計画的に考えています。
これまでは農家としての収益が100%でしたが、将来的には「遊べる花屋」での収益を40%までに上げていきたいと思っています。
円安などで生産資材が値上がりしているなか、うちのような植物の輸送費も高い生産立地では、この先植物農家の1本柱でやっていくのは厳しい。
植物農家であることは一番の強みですし、基盤であり続けますが、生産以外にも経営の柱を増やしていかなければと考えています。
もちろん、職人気質に生産に徹する農家さんも必要ですし、その農家さんごとの環境や性格にもよると思いますが、僕の場合は多角的にいろんなことにチャレンジしたくて。
造成中のガーデンの奥の場所にはブルーベリー狩りエリア、ドッグランエリアも展開予定
現在は、店の隣にモデルガーデンを造成中です。ここは有料エリアとして、庭好きの人たちが集まって交流できる場にしていきたいと思っています。
もともと、うちに遊びにきてくれていた植物好きの男の子がいて、同じような庭好き仲間のネットワークがあるそうなんですが、聞くと「みんなで花屋さんで待ち合わせをして、そこで植物を見ながら一日中話をしている」と。
それならば、うちに庭を作って、植物好き、庭好きな人たちが集まれる場所にできればいいんじゃないかなと、その子にモデルガーデンの運営をお願いすることにしました。
みんなで植物の世話をしながら、一緒に庭を育てていければ楽しいし、そうした中から新しいつながりや、コミュニティーが生まれ、お互いに発信しあっていくことで広がる世界もあるんじゃないかと。
いずれは、来た人がモデルガーデンで大きく生長した植物を見ながら、ショップでその苗を買えるようにしてーー。そこで、良質な苗を直売できる生産者である強みが生かせられると思っています。
次に力を入れたいのが、自然に囲まれたロケーションを活かして、イベントなどにこの空間を使ってもらうことです。
すでに、自分でイベント主催もしていますし、車好きのコミュニティの方たちが集まる場所として利用していただいたことも。
いま進めているのは、ガーデンウェディングの会場としてお貸しすることです。
結婚式という人生の節目の場所になるので、結婚記念日や、お子さんが生まれた時など、人生の節目節目で何度も訪れてもらえるような場所になれれば素敵だし、そこでちょっとした植物を見つけて買って帰ってもらったり。そんなところから、いつのまにか植物のある暮らしが始まればいいんじゃないかなと思っています。
有能な人が活躍できる植物農家に変えてかなければーー
人も雇っているので、働いてくれている人の立場から考えれば、もっとお給料も欲しいだろうし、きちんと休みもとりたいはず。「植物農家だから」という言葉に甘えて、労働環境を変えないでいると、有能な人がどんどん離れていってしまう。
そのためにも、植物農家は大変なこともあるけれど、やりがいや楽しさ、労働環境も含めて魅力ある仕事なんだと思ってもらえるように、収益とのバランスをしっかりとかじ取りしていかなければと考えています。
植物の敷居を下げて、間口を広げるために
ヴィレッジヴァンガードって「遊べる本屋」をコンセプトにしていて、本好きでなくても、あそこに行くとワクワクしたじゃないですか。
「遊べる花屋」も同じで、来る目的は植物じゃなくてもいいと思っているんです。帰りに「あ、植物も売っているんだな」って気付くぐらいでいい。植物への入り口って、それぐらいさりげなくて気軽でいい気がするんです。
だから店では、あえてマニアックな植物を置かないようにしています。それよりも植物に興味がわくきっかけを増やしたくて。
人形の頭から草が生える雑貨や、食虫植物もとても人気です。どれも、園芸店では昔から売っている商品ですが、それを知らなかった人の方がまだまだ多いんだと思います。
置かれているのは、持ち帰ってすぐに飾れるような鉢とセットになった植物たち。植え替え用の土などの資材もあえて置いていない
どの業界でも、「にわかファン」ってマイナスなイメージで使われがちですが、にわかファンの方ってすごく大事にしなければならないなと思っていて。みんな最初はにわかファンなわけで、僕はその人たちを大切にしたい。
10年後何をやっているか分からないほうが楽しい
10年後にこの店をどうしたいかも決まっていないし、どんな植物をつくっているのかも分かりません。むしろ決まってない方が自分としては面白いと思っています。
今は、親子連れが楽しめるような空間づくりをしていますが、子どもが大きくなったり、年齢を重ねれば、自分の興味ややりたいことも変わってくるはず。その時々の自分の好奇心を信じて進んでいきたい。
でも植物って、どんな年齢やライフスタイルになっても、不要になることは絶対ないと思うんです。
だからこそ、植物農家である基本を大切にしていきたいですね。植物は暮らしのどんなシーンとも結びつくことができる、他にはない魅力にあふれていますから。
「遊べる花屋」Instagramアカウント@asoberuhanaya
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