暮らしや土地に根付いた「民族植物」に惹かれて世界を巡る|野草研究家 山下智道さん
LOVEGREEN編集部
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道端で見かけるドクダミや猫じゃらし、厄介な雑草として嫌われるスギナ。それらがすべてハーブやスパイスに変わるとしたらーー?
野草研究家として活躍する山下智道さんは、身近な野草を暮らしに役立つ存在へと変身させる名人です。国内のヨモギ44種類の見分け方や活用法を網羅した著書「ヨモギハンドブック」に出会い、一気に心奪われたLOVEGREEN編集部では、山下さんへのインタビューを敢行しました。
「人と植物は、本来こんなに密接な関係だったんだーー」。そんな忘れかけていたことに改めて気づかされる、山下さんの活動に迫ります。
目次
- 5歳の頃から父のヒマラヤ登山に同行して高山植物を観察
- 自分には当たり前だった野草が、他の人には驚きだった
- 世界を見たからこそ感じる、日本人の植物への繊細さ
- 自宅で育てる植物は700種類以上、元気に育てるコツは?
- シャーマニズムの視点から見る植物文化
- 取材を終えて
5歳の頃から父のヒマラヤ登山に同行して高山植物を観察
――幼少時から自然や野草が身近な環境だったそうですね。
祖父が漢方や野草の研究をしていて、地域でワークショップなどもやっていたのと、父は登山家でヒマラヤやアルプスに行っていたので、僕も4~5歳の頃から同行して高山植物に夢中になっていました。
登山の際には高山植物に詳しいガイドさんもいるので、子どもの頃はガイドさんのそばにべったりくっついて、高山植物のことを質問しまくっていましたね。
――スタートがヒマラヤ!普通は近所の山とかだと思いますが(笑)
子どもの頃なので5000mぐらいの地点ですが……。それでも確かに5歳で登る山ではないですね(笑)。ネパールに1カ月ぐらい滞在したりと、今考えると特殊な子ども時代だったかもしれません。昔から植物はもちろん、自然や生き物全般に関心が強く、収集して分類することも好きだったので、今でも貝や海藻の分類に没頭したりしています。
――学生時代は農学部などを専攻されたのですか?
それが全く違うんです。音楽も好きで、学生時代はバンド活動に明け暮れる毎日。20代前半までは音楽と並行して、仕事としてモデル業などもやっていました。今34歳なのですが、仕事として野草研究家の活動を始めたのは10年ほど前。20代半ばからですね。
自分には当たり前だった野草が、他の人には驚きだった
――野草研究家として活動をはじめたきっかけについて教えてください。
料理も好きで、当時SNSで山菜や野草を使った料理をアップしていたら、たくさんの反響があり。「あ、自分にとっては当たり前だったことが、他の人には驚くようなことなんだ」とその時に初めて感じました。
それで最初は軽い気持ちで、代々木公園と二子玉川で野草のワークショップを開催してみたんです。
当時は全く知名度もなかったのですが、30分ぐらいで満員になって。自分も野草のことを話すのが楽しかったですし、参加いただいた皆さんから頂く声も嬉しくて「これは自分に合っているぞ」と。そこから本格的に仕事として活動を始めました。
――ワークショップに参加された方はどういった反応を?
やっぱり「へ~!」「知らなかった!」と驚かれることが多いですね。
例えば「猫じゃらしって食べられるんですよ」とか、その辺に生えている野草がハーブやスパイスとして使えるという事にびっくりされます。
今年5月に開催した「薬草バザール」。全国の山菜や世界のスパイスがずらりとそろった
参加いただく方の年代や性別も、始めた当初とはかなり変わってきました。10年前はご年配の女性がほとんどでしたが、今は30代~40代の女性や、男性の参加者も増えています。植物ファンだけでなく、料理研究家や、ヨガのインストラクターの方など、健康に対してより意識的な職業の方の参加も多いですね。
植物のことってプロに聞く時点で敷居が高いじゃないですか。でも僕の場合、一見軽いノリの兄ちゃんって感じなので、多分ワークショップにも参加しやすいと思うんです(笑)。でも聞いてみるとちゃんと知識も持っているぞっていう。間口の広さと奥の深さのギャップは意識していますね。
植物の学術的な知識は独学でも身につけてきましたが、分類学会に所属したり、植物学者の方にご指導いただきながら、日々精進中です。
世界を見たからこそ感じる、日本人の植物への繊細さ
東南アジアのエスニックハーブ&スパイスに出会う旅
――海外の野草やハーブ文化にも多く触れられています。日本と海外では、植物への関わり方に違いはありますか?
日本人は植物の扱い方が飛びぬけて繊細だと思います。
海外だと「野草をざっと洗ってタレをドバっとつけて食べる!」みたいな感じが多いのですが、日本人はアク抜きひとつとっても丁寧ですし、ちょっとした味の濃淡も敏感に感じる民族だと思います。一つ一つの植物の味を引き出すためのプロセスがきめ細かいですし、その手仕事までもが美しい。こんな国は他にはあまりないと思います。
ウワバミソウ、アキタブキ、ワラビ。山形の「山菜文化」は優しい味付け
あと、日本人ってロマンチックですよね。万葉集を読んでも、花の散りゆく様や、四季の移ろいに心情を投影したり。そうした植物への繊細な感性は、日本人が自信をもって世界に誇れる資質だと思います。
――万葉集の時代に比べると現代の日本では、人と植物との関わりが薄まっている気もします。
それは確かに感じます。海外の品種がどんどん入ってきてガーデニングを楽しむ人はいますが、日本に自生している野草や、それを暮らしに取り入れる植物文化が薄れてきているのは否めません。
ただ、その中でも最近は原点を見直す動きも出てきています。海外のハーブやスパイスだけでなく、日本の地産地消の植物、もともと身近にある野草に改めて目を向ける人が増えています。
山下さんのハーブ・スパイスコレクションの一部
日本に自生している植物って、日本人の身体に合っていると思うんですよ。DNAに染みついているというか。ドクダミなんか海外ではポイっと捨てられますが、日本ではドクダミチンキにしたりして暮らしの中で使ってきましたよね。ヨモギ餅や桜餅、菖蒲風呂もそうですし、その土地に自生している植物は、そこで暮らす人間の体質と相性が良いと思います。
海外では有毒とされている植物が日本では有用植物だったりしますし、逆に海外で人気のハーブでも、日本では有毒植物とされていたり。国や人種によって、植物が毒にも薬にもなる。植物って多面的ですよね。
自宅で育てる植物は700種類以上、元気に育てるコツは?
1000坪ある自宅の庭に700種類以上の植物。山下さんの植物標本園
――ご自宅でもたくさんの植物を育てられているそうですね。
家の庭に700種類以上はあるんじゃないかなあ。野草研究家といいながら、多肉もサボテンも樹木も植物全般が好きなんです。バラだけでも30品種ぐらいあるんじゃないかと。
中でも好きなのが原種系。クリスマスローズやアルストロメリア、アマリリス、バラなどの、園芸品種の元になっている原種を集めています。野趣あふれる姿に惹かれますし、なにより原種は強いですよね。
あとは絶滅危惧種だったり、「アフリカではこれを食べているんだ」といった民族学的な側面をもつ植物も好きで集めています。
――それだけの植物を管理するのは大変そうですね。
昔はすごくデリケートに管理していましたが、今はある程度の愛情を注ぎつつも、過保護にならない程度に放任しています。
4年前からは鉢植えをやめて全て地植えにしました。無理に生育をコントロールしようとせずに、植物が自生している環境になるべく近い場所に植えたり、相性のいい植物でエリアを区切ったりと最低限のアシストをして、基本は伸び伸びとワイルドに。その方が植物も本来のポテンシャルを発揮する気がしますね。
――ちょっと意地悪な質問ですが、山下さんにとって雑草ってあるんですか?
「もちろんありますよ(笑)。同じ草でも、雑草になるか、ありがたい草になるかは、その時の自分の状態で違ってきますよ。例えば渋谷の真ん中で植物の解説をしなきゃいけない時には、道端の雑草もありがたい。これで10分話せるって(笑)。でも同じ草が自分がハマっている植物のそばで繁茂してきたら速効で抜きます。その時は雑草。それが人と植物のリアルな関係性じゃないのかなあ」。
シャーマニズムの視点から見る植物文化
――今後、活動はどのように広がりそうでしょう。
5年先ぐらいまでは計画を立てていて。これから40代にかけては、海外の有用植物の源流をたどる旅をして過ごしたいと思っています。
今年は9月からアマゾンの薬草調査をします。来年はラベンダーやローズマリーの原種を訪ねてヨーロッパを旅する予定。その次はアフリカのマダガスカルの植物を、それが終わればアラスカに……。
植物をひたすら分類することも好きなのですが、今は国ごとの人と植物の関わり方、歴史や文化に強く惹かれています。「民族植物学」とでもいいますか。
乾燥させたヒマラヤシャクナゲの枝葉。ネパールでは神聖な儀式やお祈りを捧げる際に用いられる
人と植物の関係といえば、食用・薬用・観賞用のイメージが強いですが、本来はもっと多様な使い方をされてきたはず。例えば、神事や魔除け、土地ごとの儀式には必ず植物が用いられてきましたし、そこにはなにかしらの理由や必然性があると思うんです。それが何かを紐解いていきたい。
そうした意味で特に興味があるのは、シャーマニズムが根強く残っている地域ですね。暮らしに植物が現在進行形で深く関わっている国に行って、その歴史や文化に触れたいです。
取材を終えて
取材前は、身近な野草の使い方に詳しい、文字通り「野草研究家」の姿を想像していましたが、実際にお話を伺うと、野草に端を発した歴史や文化、民俗学への探求心や造詣の深さに驚きました。
ちなみに、これまで出版した著書やホームページの写真なども、自身で撮影されたそう。興味の赴くままに活動の領域を広げる山下さん。次はどんな世界を私たちにみせてくれるのか、こちらまでワクワクしてきます!
山下智道さんの著書を一部紹介!
日本初、ハーブの女王「ヨモギ」だけを紹介する図鑑
ヨモギハンドブック(文一総合出版 2023/4/21)
草餅の原料としても有名な「ヨモギ」。実は日本には数十種のヨモギが存在することを知っていますか?本書は国内で見られるおもなヨモギ44種類を、葉と頭花の特徴で見分けられるように解説。さらに、識別だけでなくその種の個性、いわば「草となり」を、山下さんが実際に観察した経験から紹介しています。
【新刊】
アジアで出会った風変りでエキサイティングな植物たち
旅で出会った世界のスパイス・ハーブ図鑑 東・東南アジア編(創元社 2024/7/19)
アジア各地を旅して出会った風変わりでエキサイティングな植物たちを写真で案内する、新感覚のスパイス・ハーブ図鑑。ネパール、タイ、ベトナム、マレーシア、フィリピン、台湾、韓国の7つの国で親しまれている香辛料、香草、薬草、野菜、果物、藻類などを、現地でのさまざまな用途や日本で見られる近縁種とともに150種以上紹介。植物を使った料理や製品、旅情あふれるマーケットや野山の風景も満載。
野草研究家 山下智道 生薬・漢方愛好家の祖父の影響や登山家の父の影響により、幼少から植物に親しみ、卓越した植物の知識を身につける。現在では植物に関する広範囲で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会、ワークショップ、薬草ガーデンのプロデュース、ハーブやスパイスを使用したブランディング等、その活動は多岐にわたる。TV出演・著書・雑誌掲載等多数。 |
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