日本古来のスパイス『ヤナギタデ』とは?|山下智道の日本の暮らしと身近な野草①
山下智道
このライターの記事一覧
日本の暮らしには、昔から身近な野草が密接に結びついていました。そこには、植物の性質や効能を生かした、理にかなった工夫や使い方があります。誰もが知っている野草の、今ではあまり知られていない使い方を、野草研究家の山下智道さんに紹介いただく本連載。身近にある野草を、改めて見直してみませんか?
山下智道の日本の暮らしと身近な野草①
日本古来のスパイス『ヤナギタデ』とは?
皆さんは『蓼酢(たです)』ご存知だろうか?
今や日本の食文化において、絶命寸前の薬草活用術の一つである。
私は確か10年前、近所のお寿司屋さんにて蓼酢と出会った。
川魚を頂いた際に、小皿にお醤油ではなく、お抹茶を薄く伸ばしたような液体が出てきた。亭主に聞くとこれは『蓼酢』だと教えてくれた。
指に蓼酢をつけてなめてみると、とても爽やかな辛さと酢のあんばいが爽快である。
蓼酢に用いるヤナギタデ
しかし、蓼といってもかなり種類はあり、一般的によく見る「イヌタデ」や「ハルタデ」ではなく、決まった種を蓼酢として用いる。「ヤナギタデ」である。
「蓼食う虫も好きずき」のモデル植物であるヤナギタデは、葉を噛むと時間差で凄まじい辛味が襲ってくる。
ヤナギタデの花
ヤナギタデは、ヤナギのような葉で、花はピンク色にならず、田んぼ、河原、沼地などで、非常に地味な出で立ちで細々と生育している。
北海道から沖縄および台湾、中国、北半球の温帯から熱帯にかけて広く分布する一年草又は水の中で水草化し多年草となることもある。
茎は直立し、草丈は高さ40~80cm。無毛で、よく分枝する。葉の長さは5~10cmで、葉柄は短い。和名「ヤナギタデ」(柳蓼)は、ヤナギに似た葉の形に由来している。花期は7月~10月で、白く小さい花を、枝先にややまばらな状態で穂状につける。
果実(堅果)は、レンズ形で、長さ3mmで3稜形になっている。種子は生長した花被片に包まれているので水面に落ちてもしばらく浮かび水面に散らばる。
このような種子でも水中で盛んに発芽する。増水により冠水した葉でも水中で光合成ができ、このような性質から水条件が変化しやすい水辺、河原、休耕田などに群生することが多いとされている。
平安時代の和製コショウ
ヤナギタデは、平安朝の昔から香辛料として用いられてきたとされ、平安前期の『和名抄(わめいしょう)』(935年以前)には、蓼は古くから魚の生臭みを消すために使われていたとの記録がある。
室町後期の『四条流包丁書』(延徳元(1489)年)には、「ナマス(魚の酢の物)には蓼が合う」と記載されている。
今でいう、コショウやワサビのような立ち位置で、料理のアクセントとして重宝された。
また江戸時代には栽培品種も多く作られ、葉の色により「べニタデ」と「アオタデ」に区別された。「べニタデ」の子葉は、濃赤紫色であるが、「アオタデ」は緑色である。ベニタデの紅色の色素は「イデイン」(Idaein)と呼ばれるアントシアニン系の色素”Cyanidin-3-galactoside”である。「べニタデ」「アオタデ」ともに、基本的に刺身のつまに用いられ、一般に白身の魚には「べニタデ」を、赤身の魚には「アオタデ」を用いる。笹タデと呼ばれるものはヤナギダテを用いる。
「タデ」の名前の由来
一度ヤナギタデを噛んでもらうと分かると思うが、葉を噛むと辛くて口の中がただれるという意味から「タデ」という言葉が生まれたとされている。
学名の(種小名) ”hydropiper”は、”hydro”(水)と”piper”(コショウ)に由来し、水辺によく生えていることから、このように命名されたとされる。
学名の中の”piper”は、葉や果実が、コショウのような辛味性を示すことを意味している。英名では、「Water pepper」と呼ばれている。
ヤナギタデに含まれている辛味成分は、「ポリゴディアール」(Polygodial)と呼ばれるセスキテルペン・ジアルデヒドで、アルデヒドのグループに分類される。別名は「タデオナール」とも呼ばれ、ポリゴディアールは昆虫の摂食阻害作用や、抗菌作用を示すことが知られ、ヤナギタデの防衛本能から二次代謝で生まれた成分である。
ヤナギタデの辛味は胃を刺激し胃液の分泌を促すので消化を助け食欲をそそる働きがあり、また、川魚特有の臭みを消すだけでなく、解毒効果もあるとされ、古来から重宝されてきた。
日本以外にもヨーロッパでは、ヤナギタデの果実がコショウの代用に使われる。
生薬として
ヤナギタデはその全草を生薬「水蓼」(スイリョウ)と呼び、民間薬として用いられる。秋の花穂がついたヤナギタデの全草を採取し、日干しにして用いる。
ヤナギタデには、血液凝固促進作用や、血圧降下作用を示すことが報告されている。これを消炎、解毒、利尿、下痢止め、解熱、虫さされ、食あたり、暑気あたりなどに用いられる。
ハチや毒虫にさされたときには、ヤナギタデの生の葉をもんで塗布すると、痛みや腫れがおさまる。またチンキにて有効成分を保存しておくのもオススメである。
蓼酢(タデ酢)の作り方
ヤナギタデの葉を30枚ほど使用する。
すり鉢でよくすったヤナギタデのエキスにご飯粒を10粒ほど加え、さらにペースト状にし、お好みでいりごまなど加える。
酢大さじ3~5を加えてよく混ぜると鮮やかな緑色の蓼酢の出来上がり。
夏の旬、アユの塩焼きなどのアクセントにすると、爽やかな清涼感を感じることができる。
野草研究家 山下智道
生薬・漢方愛好家の祖父の影響や登山家の父の影響により、幼少から植物に親しみ、卓越した植物の知識を身につける。現在では植物に関する広範囲で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会、ワークショップ、薬草ガーデンのプロデュース、ハーブやスパイスを使用したブランディング等、その活動は多岐にわたる。TV出演・著書・雑誌掲載等多数。
関連ワード
今月のおすすめコンテンツ
「日本古来のスパイス『ヤナギタデ』とは?|山下智道の日本の暮らしと身近な野草①」の記事をみんなにも教えてあげよう♪