大輪の夏と|美村里江さんのムーミンコラム♯4
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全国的に梅雨も明けて、紛うかたなき「夏」到来!
樹木はいよいよしたたるような緑。向日葵やノウゼンカズラ、百日草にポーチュラカなど、暑さに強い花たちも陽射しを浴びて元気いっぱい。色からして夏の花という感じですよね。
皆様、暑さへの順応は間に合いましたでしょうか。私はなんとかやっております。
学校が夏休みに入りましたので、朝5時頃に公園や遊歩道へ散歩に出かけると、虫取り網と籠を片手に木の幹や根本をキョロキョロしている子どもたちと付き添いの大人を見かけます。
お目当てのクワガタやカブトムシが好きなコナラやクヌギの場所は、早朝の薄暗がりでも鼻と耳でわかります。独特のツンと甘酸っぱい樹液の匂い、そこへ虫たちの集う羽音がブンブンと。でも、そのほとんどはカナブンで黒光りしたボディは貴重。
先日、ある男の子が捕まえたばかりのノコギリクワガタを見せてくれましたが、東京にもこんなに立派なのが育つんだなぁとツヤツヤした躯体に感激しました。(ちなみに私はミヤマクワガタ推し。趣味の渓流釣りに行く冷涼な山間部が生息地なので、コンビニなど夜でも明るい所で何度か出会えます。)
さて、フィンランドの昆虫事情はどうでしょう。
残念ながらカブトムシはおらず、クワガタは生息しているそうです。国虫は越冬もできる「ナナホシテントウ」。丸さやツヤなど、ビジュアルからも愛されているのだとか。そんな可愛らしいテントウムシも寛いでいそうな、こちらの草原。
小説『ムーミン谷の夏まつり』ムーミン全集[新版] /作・絵:トーベ・ヤンソン 訳:山室 静 講談社 刊より
フィリフヨンカの夢見る眼差しと、スノークのおじょうさんの伏せたまつ毛が可愛らしく、たなびく煙から朝の草原の風も感じられ、とても印象的な絵です。
咲いている花は、形からデイジー、キンポウゲ、ノラニンジン、レッドキャピオンあたりでしょうか。国花のスズランも見頃のはずです(作中は夏至なので6月21日頃)。
フィンランドでは12月のクリスマスと対をなして大事にされる「夏至祭り」。ここで二人は無言のまま9種類の花を摘んで花束を作り、井戸を覗き込んで水面に映る「未来の結婚相手を見る」、特別なうらないにチャレンジしています。
日本の道端などにも自生しているノラニンジン
普段のフィリフヨンカは人目を気にしたり、親戚付き合いを気にしたり、あちこちの顔色を伺いながら生きている繊細な女性です。
自分を律して身の回りを綺麗に保ち、気が向かなくても誰かを食事に招いたり……。子どもの頃にはただの神経質なおばさんに見えていたのですが、30代になってから見る目が激変。彼女の気苦労や頑張りに共感し、応援したい気持ちになるキャラクターです。
気苦労が絶えないフィリフヨンカ。小説『ムーミン谷の夏まつり』ムーミン全集[新版] /作・絵:トーベ・ヤンソン 訳:山室 静 講談社 刊より
そんな彼女が、この「夏まつり」では、ムーミンたちの言葉でブレイクスルー!
あれもダメこれもダメと禁止ばかりの立て札を燃やして、その火を囲んで歌い踊り、すすだらけの姿でぴょんぴょん飛び出して、スノークのおじょうさんから夏至のうらないを教わるのです。
「今夜はわたし、なんだってやってみせるわ!」
自分が長年困難に感じていた壁を打破した時にしか得られない爆発的なテンション。トーベ・ヤンソンはこのあたりの興奮を描くのがとてもうまく、個々の存在が変化することへの広く肯定的な視線を感じます。トーベ自身も変化を続ける人だったからでしょうか。自分の変化に高揚するキャラクターの姿に、「私も変わってみたい」と勇気づけられてきました。
前述の夏至の結婚相手うらないも、現実世界では多様性によって変遷。現在は「7種類の花を摘んでブーケにする」など、一部をカジュアルに楽しむ人も増えているんだそうです。そうやって無理なく心地よい部分が残っていくのは自然なことに感じますね。日本各地のお祭りでは人口減少から存続が危ぶまれる部分が増えているようですが、その時代を生きる人たちにフィットした形式に変わっていくのだろうと思います。(寂しい部分もありますけれど。)
ほかにも、この物語は洪水からはじまり、スナフキンのまいたタネからニョロニョロが生えたり、ホムサやミーサなど面白いキャラクターも多いのですが、フィリフヨンカが迎えた変化の延長上に並ぶような、劇場ねずみのエンマの言葉が格別です。
劇場ねずみのエンマ(イラスト左)。小説『ムーミン谷の夏まつり』ムーミン全集[新版] /作・絵:トーベ・ヤンソン 訳:山室 静 講談社 刊より
「劇場は、世界でいちばん大事なものなんだ。そこへ行けばだれでも、自分にどんな生き方ができるか、見ることができる。じっさい、変わる勇気がなくても、なってみたい自分になれるし、そうなったらどんなことが起こるのかも、味わえるのさ。」
そうだといいな、そんな風にお客様に感じてほしい、と、私も役者として強く賛同します。(これに対する「わるいことをした人の更生施設ですね」というムーミンママのリアクションは、物語上は間違っているのですが、役者になってから笑える部分になりました。)
舞台を上演することになった面々の創作の苦労と、そこから自然と花開いていく数々の悲喜劇。
本番がどうなったかは、ぜひ本編をご確認ください。
小説『ムーミン谷の夏まつり』ムーミン全集[新版] /作・絵:トーベ・ヤンソン 訳:山室 静 講談社 刊より
役者業では最高気温35度の日に2月設定の撮影、上質な(目の詰まった!)ウールのコートを着てお芝居……。想像するだけでのぼせそうでしたが、大きなケヤキとキウイの蔓棚による二重の木陰と夕方前の風に助けられ、なんとかなった次第でした。ふぅ。
まだまだ暑さ対策が必要そうな撮影も控えているので、睡眠をよくとって消化に良いものを食べ、暑くない時間帯に運動で発汗を慣らしたりしながら、慎重に過ごしたいと思います。皆様も引き続き夏を楽しみつつ、ご自愛くださいませ。
さあ、次回8月はついに海へ!
ムーミン作品の舞台としては結構多くの場面を担っている海。ムーミンパパが特に張り切るエリアでもあります。広い海原で開放された心から、何が飛び出すのか……お楽しみに。
美村里江さん(俳優/エッセイスト)
2003年にドラマ「ビギナー」で主演デビュー。ドラマ・映画・舞台・CMなど幅広く活躍。読書家としても知られ、新聞や雑誌などでエッセイや書評の執筆活動も行い、複数のコラムを連載中。近著には初の歌集「たん・たんか・たん」(青土社)がある。2018年3月、「ミムラ」から改名。