パンジー、ビオラの個人育種家・川越ROKAさんに聞いた!育種の歴史、交配方法、注目の個人育種家
金子三保子
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日本のパンジー&ビオラの育種の流れ
パンジー、ビオラの進化の歴史
西暦1818年*イギリスに始まったパンジーの育種ですが、初めて日本に入ってきたのは幕末のころ。そこからおよそ200年の時が流れました。そして、平成になってから急激な進化を遂げました。この進化を説明する上でいくつかのキーポイントがあります。
*パンジーの歴史は18世紀のイギリスの始まりました。庭師のトーマス・トンプソンが1818年に計画的な育種を開始したとの記録があり、この年がパンジーの始まりとされています。但し、これには諸説(もっと早い時期)もありますが、日本ではこの年が基準となっています。
(1)ビオラ・アルベンシス(原種)の関わり
ビオラ・アルベンシス(原種)はヨーロッパに広く生えている種類になります。花が1㎝程度とても小さく、また花色も白で目立たないためこれまでほとんど育種に利用されることはありませんでした。
ところが、この原種と市販のビオラの交配で花の大きさが1㎝ほどの極々小輪と細弁の系統が誕生。これらは日本のスミレに似た野草的な雰囲気があります。
細弁は「バニー」と呼ばれ、その進化系が「ラビット」。女性に「かわいい」ととても人気の花型です。極々小輪も細弁(バニー、ラビット)も日本で生まれた花型です。
ビオラ・アルベンシス(株は横にも縦にも広がる形状。現在のビオラにとても大きな影響を及ぼした原種です。)
ののはなブルー
極々小輪の先駆けの品種です。
キャットニップ(イエロー)
現在は「バニー」の名前で販売されている品種のこれが最初の姿です。この花型がデザイン的に洗練され「ラビット」に繋がっていきます。
ラビッサン(大牟田尚徳さん育成)
極々小輪のチェンジングカラー(クリームからブルーへの色変わり)のビオラです。
エンジェルラブ~植田光宣さん育成のラビット型の品種
緩やかな揺れのあるラビット型のビオラです。
「バニー型」と「ラビット型」の違いは下の花弁(唇弁)の形の違いです。広がってあごが張っているような感じが「バニー」、あごがしゅっとして尖った感じが「ラビット」です。ただし、中間タイプもあってその差は明確ではありません。
(2)宿根ビオラの関わり
日本ではビオラは「種から育てる一年草」との認識ですが、イギリスには挿し芽や株分けで維持されている種類があり、それが「宿根ビオラ」です。宿根性の強い原種を使った系統で、平成になって日本に導入されました。種子系のビオラとは血筋が違うため、その血が入ることによって上品な雰囲気の系統が誕生しています。
個人育種家の品種に関わっているのは、主にイギリスの宿根ビオラの育種家のコーソン氏の系統です。
宿根ビオラ・エタイン
宿根ビオラ・コルビネ
(3)八重咲きの作り方の発見
パンジー&ビオラの花弁は5枚です。枚数が増えて豪華になったものを「八重咲き(多弁咲き)」と言います。種を播くと稀に八重咲きが出ることがあるのですが、それはその時だけのもの。ところが、八重咲きを作りだす方法が見付けられて種を播くと必ず八重咲きが出る品種が作りだされました。外国で八重咲きの育種が行われていたと書かれているラベルがありますがこれは誤りです。八重咲きの作り方の発見も八重咲きの育成も平成の日本で成し遂げられた偉業です。
南国極光(初期)
世界で最初の八重咲きの種子系統です。花弁の乱れる個体からの採種が八重咲きの育成に繋がりました。この方法を使って八重咲きの種子系統を完成させたのが落合けいこさんになります。
南国極光(進化系)
代を重ねることによって花色や花弁の重なりが違ってきます。
ファンタジア
落合けいこさんの初期(2007年ごろ)の八重咲き品種です。現在は花色や大きさなどたくさんの系統が育成されています。
(4)日本の美意識の反映
日本の文化で代表的なものが「わび」、「さび」です。これらは本来は「良くない」とされるものに積極的に価値を見出そうとする考え方。これまでのパンジー・ビオラの育種では良くないとされてきた特徴を拾い、磨き上げたのが、「焼け」、「切れ弁」、「反転咲き」、「青染み」などです。これらの特徴を持った品種は外国にはなく、平成の日本で作られたもの。そして、日本人だからできた花達です。まさしく日本の美意識が反映された花達です。
エボルベ・青染み
個人育種家さんの想いの繋がり
種と想いは繋がっている
植物の育種はまず“植物”がないと始まりません。
約200前に始まったパンジー&ビオラの歴史ですが、パンジー&ビオラは1年草。誰かが種を採って播いて育ててまた種を採る…、極端なことを言えば200回はこのことを繰り返してきたということになります。その過程で関わった人たちの想いが託されて、現在のパンジー&ビオラになっているのです。それは言わば“文化財”のようなもの。企業の花しかり、個人育種の花しかりです。
ここで新しい花を生み出していく個人育種家さんと、パンジー、ビオラに対する想いの繋がりをご紹介します。
現在の個人育種のパンジー、ビオラの育種の歴史を教えてください。
現在の日本のパンジー・ビオラ個人育種の系統は大きく分けて2つの流れがあります。
ひとつは宮崎県の川越ROKA、もう一つは群馬県の江原伸さんを元とするものです。
川越ROKAは育種の経歴は約27年(2018年現在)。種苗会社品種の変わりものの拾い上げから始まり、これまで使われてこなかった原種との交配。他、宿根ビオラや種苗会社などの最新品種を積極的に取り入れて、花型や株の形状などのバリエーションを広げるというのがスタイルです。
江原伸さんのビオラワールド
「ビオラの魅力はその多様性にあり」。その言葉どおり、一つの特徴を拾い上げることなく、数え切れないほどの様々な花が存在する系統です。
江原伸さんのビオラワールド
実に様々な花があります。
江原伸さんのビオラワールド
同じパンジー、ビオラでもまったく違うアプローチですね。
ふたりのスタイルは全く違いますが、パンジー・ビオラの魅力を広げたいという想いは同じです。また、育種の方法はひとつではないということ、そして違うスタイルがあるからこそ、日本のパンジー・ビオラは多様性に富んで魅力的なのです。
注目の個人育種家さんをご紹介
現在では、たくさんいらっしゃるパンジー、ビオラの育種家さん。川越さんに選りすぐりの個人育種家さんをご紹介いただきました。
見元一夫さん(見元園芸)
1998年、私のほとんどの系統を持って帰られてから見元さんの育種は始まりました。いまだに種苗会社も出していない「レッド&ホワイト」の色合いの発表は、センセーショナルな出来事!たくさんの品種を発表されてきましたが、現在は「ラビット型(細弁)」と言えば見元さんです。また、当時ネット時代の幕開けに他に先駆けてパンジー・ビオラのホームページを立ち上げられて、個人育種の存在を世に知らしめた存在でもあります。近年はヨーロッパなどに日本のパンジー・ビオラを積極的に紹介されています。
紅 ロンド
パッションウェーブ
森のピュアリー
ピンクコアラ
植田光宣さん(花苗うえた)
見元さんの系統をもとに育種を開始。見元さんの明るい色目を引き継ぎながらもシックな色合いが特徴です。パンジーの‘天の羽衣’、ビオラの‘パピヨンワールド’などが人気です。
ミルキーウェイ
天の羽衣
パピヨンワールド
恋詩
落合けいこさん
本業はぬいぐるみ作家。世界で初めて八重咲きの種子系統を完成されました。八重咲きの多くは雄しべが花弁に変化するために花粉がなくなり種が出来なくなります。これが一年草の場合、種子で八重咲きを維持するために一番難しい問題。落合さんはその点を長年掛けてクリアされました。また、宿根ビオラ(コーソン系)の血をパンジーにまで広げ、上品な系統を作り出されています。そして、男性中心であったパンジー・ビオラの育種に初めて女性の感覚を取り入れられた方でもあります。その柔らかで淡い色合いは、多くの女性の育種家の誕生のきっかけになりました。
また、八重咲きの優良個体は種苗会社のミヨシさんによってメリクロン(無菌の培地で植物を大量に増やす技術)で繁殖されています。それが‘フェアリーチュール’です。
ホワイトバタフライ
落合さんのコーソン系の品種
ミニマンゴー
花絵本
フェアリーチュール・ドレスデン
大牟田尚徳さん(アイディアルフワラー)
私の行った落合系と見元系の交配の中から青染みタイプ(ブルーイング発色)を選抜。青染みと言うのは藍を薄めたようなぼかしの色合いのことです。基本の花色にこの色が乗ることで花色が非常に複雑になりました。このような発色は色が汚くなるとして種苗会社などではこれまでは捨てられてきた形質。ですが、あえてその特徴の強いものを拾い上げる事より色の概念が変わりました。そのため、「色彩の大牟田」とも称されます。この色合いは多くの育種家さんや種苗会社にも影響を与えています。
エボルベ
エボルベ
エボルベ
石川智樹・泰子さん(石川園芸)
私の極々小輪系統を寄せ植えの1アイテムとして提案。バコパやアリッサムなどは強い寒さに傷んでしまいますが、ビオラは凍っても大丈夫です。つまりはそれらの代わりとしての提案です。現在、多くの方が同様の提案をされていますが、石川園芸さんが最初です。他に萼の一部が花弁に変化した“萼羽(がくばね)”も選抜中です。
レディ
ぷちぷち
コウロギノブコさん(興梠花卉園)
市販品種の変異選抜と私の系統をもとに育種を開始、これまでになかったたくさんの花型を提案されています。花弁が後方に反りかえる“反転咲き”、下の花弁(唇弁)が前につきだす“鳥顔(バードフェイス)”は世界で初めて品種として完成されたもの。他にも花弁が内側に巻く“抱え咲き”なども作りだされていますし、その変化は葉っぱまでも及んでいます。そのため、「造形のコウロギ」とも称されます。特に、極小輪のラビット型のビオラ‘碧いうさぎ’は根強い人気です。
ステンドグラス
赤いうさぎ
碧いうさぎ
モンロースカート
コウロギノブコさんが初めて完成させた「反転咲き」の品種です。花弁の4枚が後ろの反転する咲き方です。現在はいろんなバリエーションがあります。
笈川勝之さん(都築の里)
江原伸さんの“ビオラワールド”は多様な花色がある集団です。その中より特徴的なものを選抜。おしゃれな色合いで早咲き、コンパクトな株で花立ちがよいポットパフォーマンスの優れた一群“横浜セレクション・フェアリープリンセス”を作り出されています。
ティファニーイエロー
マイファニープリンセス
ラスカル
花まつり
佐藤勲さん(サトウ園芸)
こちらも江原さんの系統から、花色など選りすぐった一群の‘ヌーベルバーグ’を選抜中。始められたのは最近です。元は同じ系統でも、選抜する方が違えばおのずと花も違ってきます。他、フリル(フリンジ)咲きのパンジーの‘ドラキュラ’などを発表されています。今とても注目を集めている生産者さんです。
ドラキュラ
ドラキュラ
ヌーベルバーグ
ヌーベルバーグ
平塚弘子さん
日本のパンジー・ビオラの大御所の鈴木章先生のお弟子さんです。この方なくしては日本のパンジー・ビオラを語ることはできません。本来は悪しき形質とされていた“焼け”を初めて品種として完成されました。ちなみに“焼け”と言うのは花弁の表皮の一部の水分が失われて火傷の後のようになる現象で、そこに光沢が生じます。そして、この花の登場を以て、パンジー・ビオラは「日本人の花(日本人の美意識が反映された花)」になったと言えるようになりました。
ドリームワンダー
平塚弘子さん育成の「焼け」の品種です。「焼け」とは遺伝的要因と外的要因(寒さ)によって花弁の表皮の一部が水分を失ったようになる現象です。その表皮は日光が当たるとてかりを帯びて光ります。この花の登場を以てパンジーは日本人の花になったと言えます。
ドリームワンダー
パープル心音(しおん)
佐藤清史さん
西暦2000年(頃)に市販品種のビオラの中に“切れ弁”の1個体を発見。そこから種取りを開始して切れ弁の系統の“ギザギザビオラ”を作りだされました。切れ弁ビオラの登場は日本のパンジー・ビオラの新しい可能性を開くかもしれません。本業は米農家さんです。
ギザギザビオラ
これらの育種家さんの品種は生産量が少ないために目にする機会が少ないかもしれません。花との出会いは一期一会です。望んでいればきっと出逢えます。
個人育種のパンジー、ビオラのイベント2018
各地の植物園やお店などで個人育種のパンジー、ビオラを集めての展示会が盛んになってきました。ブリーダーさんの作品が一堂に会することでその個性の違いを見ることが出来るチャンスです。また、未発表の品種を見られる可能性もあります。
1月~小田原フラワーガーデン(神奈川県)
2月~アナーセン(宮崎県)、ファンケル銀座スクエア(東京都)、とっとり花回廊(鳥取県)、花フェスタ公園(岐阜県)
3月~ローザンベリー多和田(滋賀県)、下関市園芸センター(山口県)、滝野すずらん公園(北海道)
川越ROKAさん、ありがとうございました!
平成になってからのパンジー、ビオラが今のような多種多様な色合いや咲き方になったのは、川越さんをはじめとした育種家さんの日々の賜物。今後、どんなパンジー、ビオラが作り出されるのでしょうか。ますます楽しみですね!
写真提供・川越ROKA
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